社長の風景

地域密着を心掛ける店舗経営が、外資系チェーンにも負けない店作りを可能にした

モスフードサービス 櫻田 厚

2010年05月14日(金)
週刊現代
upperline

 '72年の創業以来「日本生まれのハンバーガーチェーン」を標榜してきた『モスバーガー』。'87年には『ライスバーガー』、'08年には国産肉100%のメニューを登場させるなど、業界内で独自の地位を築く。率いるのは「創業時、叔父の店を手伝ったのがきっかけだった」と話す櫻田厚社長(58歳)だ。

基本は近所のゴミ掃除。地域密着を心掛ける店舗経営が外資系チェーンにも負けない店作りを可能にしました。さくらだ・あつし/'51年、東京都生まれ。
  東京都立羽田高校卒業後、広告代理店に入社し、'72年、モスバーガーの創業に参画、'77年に社員として入社する。'90年に海外事業部長、'98年に代表取締役社長に就任。
  好きなメニューは『モスチーズバーガー』。「レストランなら800円で出せる品です」。
趣味のバンドではギターを担当する

自覚
  社員と話すためにお店を回るのですが、いきなり「トイレのドアノブが緩んでいるじゃないか!」などと細かいことは言いません。

 むしろ、人の欠点を指摘するだけなら小学生でもできること、と思っています。必要なのは「自覚を持ってもらうこと」なんです。

 まず、トイレに花の一輪挿しがあるとか、何かを見つけてほめる。すると、心の状態がウエルカムになりますよね。それから「ドアノブが・・・」と切り出す。

 ほめることで、店員が自分から進んで問題を発見し、対処してくれるようになるんです。そして「自覚」を持ってもらったほうが、店は劇的に変わります。

母親
  実は私の出発点も先の話と似ています。3歳のとき、母に「お父さんの靴を磨いてみなさい」と言われ、どうやったらキレイになるか、工夫しながらやってみたんです。

 すると母が大変ほめてくれた。そのときに、人を喜ばせるのってこんなにステキなことなのか、と実感したんです。

高卒
  高校2年生のとき、父が脳出血で急逝して、母はパートに、私は夜、アルバイトに出るようになりました。夜11時半まで工場でハンダ付けをしたり、立ち食いそば屋さんで働いたり・・・。

 大学はお金のあまりかからない防衛大学を考えたのですが、そこは成績が足りず、高校卒業後、中央広告社という広告代理店に就職しました。デザインとか、写真を撮るとか、そういうことがおもしろそうだと思ったからです。

営業時代
 最初の仕事は、日曜夕刊紙の広告をもらうことでした。しかし高校を卒業したばかりでしょ? 説明もヘタで、相手には水を撒かれたり(笑)。でも100軒まわると1軒くらい「アンタえらいな」と同情で広告をいただけた。いまモスバーガーの本社がある、ここ大崎(東京都品川区)でも営業していましたよ。

次ページ 重労働   3年後、モスバー…
1 2 次へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事

最新号のご紹介

underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事