会議で演説するルディ・ドゥチュケ〔PHOTO〕gettyimages
政治政策 ドイツ

「極右」の台頭よりも懸念すべきドイツの「極左破壊活動」という問題

1968世代はなにを思うか…

「赤色革命」の波

今からちょうど50年前、1968年の2月、西ベルリンの工科大学で「国際ベトナム会議」が開かれた。主催者は、マルクス主義を標榜する「ドイツ社会主義学生組合」。他国の左翼学生グループも駆けつけ、参加者は6000人と発表された。

会議のテーマは「ベトナム戦争反対」だったが、実際は「アメリカ帝国打倒」。学生たちは西ヨーロッパに「赤色革命」を起こそうとしていた。いわゆるニュー・レフトの運動である。ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ビートルズなどの反戦、反権威の歌が、陰に日向に運動を鼓舞した。

東ドイツの中の孤島ベルリンは、当時、冷戦の最前線だった。東ベルリンにはソ連軍、西ベルリンには英米仏軍が駐留。戦後20年以上が過ぎたこのころも、この狭い場所に連合国4ヵ国の軍隊がひしめき、そのプレゼンスを競っていた。

 

問題は、会議の翌日に計画されていたデモ行進。

「ドイツ社会主義学生組合」の最初の予定では、デモ隊は町の中心から郊外の米軍の司令所、兵舎、およびアメリカ人居住地に向かうはずだったが、米軍としてはそれを容認できず、西ドイツ政府に、そんなことになった場合は発砲も辞さないと警告したと言われる。

そこで板挟みになった内務省が、米軍施設のあるベルリン南西部に入らないという玉虫色の条件でデモ行進を許可した。

デモ行進には1万2000人が参加。マルクス、レーニン、トロツキー、ローザ・ルクセンブルク、毛沢東、ホー・チ・ミン、チェ・ゲバラの写真や旗が踊った。その光景はユーチューブで見られる。

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