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ライフ 仏教

坊さん、紅マドンナを大人買い。

そして僕は四国遍路を巡る⑤

サラリーマンだった主人公が突然お坊さんになる様子をユーモアある筆致で記したベストセラー書籍で、映画化もされた『ボクは坊さん。』。その著者にして、愛媛県今治市にある栄福寺の住職・白川密成さんの四国遍路巡りと、お坊さんとして過ごす日常をお送りする本連載。マイカー遍路の徒然なる記録、そして感じたことをお届けします。

*バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/misseishirakawa

自分と世界を「なじませる」

四国四十七番札所八坂寺を後にして、四十八番西林寺(さいりんじ)に車で向かう。その前に地元の人たちで賑わううどん屋に寄る。「天丼・うどん定食」。遍路をしていると車であっても、なにかと体を動かしているし、ほとんど来ることのない街で、食事をとるのもちょっとした楽しみだ。しかし、体重増加には気をつけなけば。

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西林寺へは小川にかかった「西林橋」をわたって山門へと向かう。その手前に小さなお堂で猫がひなたぼっこをしていたので近づくと、愛らしく体をくねらせて腹を見せる姿に思わず微笑む。

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しかし隣の賽銭箱から顔を出した別の猫(親か兄弟だろうか)が、鋭い野生の表情で僕をにらみつける。

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寺に入る前から、人間を含めた生物が「生きること」の厳しさと愛しさを突きつけられたような気持ちになった。しかし、この寺でもまたにっこり笑った古い石像(白玉地蔵)が、「フォフォフォ」と笑うように僕を迎えてくれる。

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本堂前で、ローソクに灯明をつけ、線香に火をつける。

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お寺に来るたびに繰り返していることだが、多くの宗教がこの「火」や「香り」を神や仏などの礼拝対象に捧げる。その理由をここで結論づけようとする気持ちは僕にはないけれど、自分よりもあきらかに「大きな存在」に繰り返しギフト(贈りもの)を繰りかえすことは、その行為自体がどこか「救い」を含んだ行為なんだと思う。僕はその救いを、自分と世界を「なじませる」ようなものだと感じることがある。

 

納経所でいつものように本尊名の墨書きと朱印(宝印)を納経帳(のうきょうちょう)に頂く。

西林寺の納経と本尊の御影(おみえ・おすがた)写真:著者提供

書いてくださった女性に場所を尋ね西林寺の奥の院にもなっている「杖(じょう)の淵(ふち)」を訪れる。全国、四国にも無数にある弘法大師が、祈願すると水が湧き出たと伝わる場所であり、ここはその中でもすでに江戸時代の遍路案内にも記載のある有名どころ。現在でも「全国名水百選」であり、こんこんと水が流れている。

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僕も水を手に受けて、この加持水を頂いた。「火」「香」「水」そのような人間を含んだ自然にとってシンボリックな要素が点々と配されているところにも、四国遍路が人々の大きな意味での「元気」を養っている要素がある。この「杖の淵」でもお遍路の僕だけでなく、小さな子供を連れたお母さん達が、連れだって子供を遊ばせていた。