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原発事故から7年、不都合な現実を認めない人々の「根深い病理」

南相馬の精神科医がいま考えること
東日本大震災から7年。南相馬の精神科医・堀有伸さんがいま考えていることを綴る。あの原発事故とは何だったのか? 私たちが直面する問題とは? なぜいま1940年体制を振り返る必要があるのか?

原発事故の直接的な健康被害は軽微

昨年の秋、精神医学関連のある学会で東日本大震災についてのシンポジウムに登壇する機会をいただいた。

その中で、東京電力福島第一原子力発電所事故による直接的な健康被害は、科学的な検証によって軽微であると主張する立場(筆者もその立場を取っている)について、他のシンポジストから批判的なコメントがなされた。

それは、たとえば子どもへの健康被害を心配する母たちを追い込むことになるのではないか、という内容だった。発言された先生は、福島県外への自主避難者を支援している方だった。

 

私は福島県内に暮らし、地域の復興に貢献することにも立場を取っているものとして次のような発言を行った。

地域内には、人口が流出し避難した人々が戻って来なくなり、そのまま避難先で定住してしまうことへの強い危機感があった。

そのためにも、明らかになりつつあったデータを科学的に検証した結果からは、予想される直接的な健康被害が軽微であることを発信したいニーズが地域内にあったことを説明した。

測定される外部被ばく・内部被ばくの結果の低さは、何の代償もなく得られたものではない。

除染(それは場合によっては農地の表土を剥ぐことであり、実りをもたらす植物の枝を切り落とすことである)や、米の全袋検査のような、多大な痛みをともなう福島県の皆様の努力の成果であることも、思い出していた。

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「そんなことをしても、避難した人たちは戻らないですよ」と相手のシンポジストの方は発言された。

私は、倫理的に問題のある発言をしている人物であると判断され、冷たく切り捨てられたように感じた。

一瞬、「戻ってこないことも分かっているけど、そうせざるをえなかったんです」と反論しようかと思ったが、そうしなかった。

体はシンポジウムの場所にいたけれど、頭の中は以前に見た記憶に立ち戻っていた。

それは、福島県南相馬市である市民団体の活動を通じて水遊びの場所が開設された、オープニングイベントのこと。

たくさんの子どもたちが楽しそうに水遊びをしているのを、知人の高齢の男性が夢中になって写真を撮っていた。

声をかけると、「この写真を、避難している嫁と孫たちに送ってやるんだ。こんなに良い場所ができたんだって、言ってやるんだ。そうしたら、孫たちも帰ってくると思うんだ」と話してくれた。

その時に私の頭に浮かんだのは、相手のシンポジストと同じような言葉だった。

「多分、写真を送っても、お孫さんたちは帰ってこないだろうな」。もちろん、それを口に出すことはせずに、あいまいに微笑んだ。