防衛・安全保障 政治政策

「中東はいつから危険な場所となったのか」を知るための糸口

これが分かれば解決も見つかる

「中東の歴史こそが、世界の現代史の縮図」。発売即重版となった中東政治の第一人者・酒井啓子氏の著『9.11後の現代史』の冒頭部を特別公開します。

中東はいつから危ない場所になった?

筆者が教鞭を執る大学で、ときどき、中東報道に携わるジャーナリストや中東勤務の外交官、NGO職員などをお呼びして、話していただくことがある。

その際、学生たちから必ず出る質問がある。

「なぜ危ない場所だとわかっていて、行くのか」

なぜ危険地に行くような仕事をするのか、という、就職活動を間際にした学生の疑問である。

筆者とお呼びした講師の先生は、その都度苦笑いする。

筆者と同じ年代かその前後の世代にとっては、未知の場所に赴くとか、途上国で援助活動をするとか、誰もやったことのない国との商談にチャレンジするとか、そういうことは青臭い学生の夢だったからだ。

だが、危険への心配がまず頭をよぎる今の学生も、仕方がないかもしれない。

今年度大学に入学した学生は、生まれて3歳で9.11米国同時多発テロがあった。物心ついてからずっと、アフガニスタン戦争やイラク戦争や、安定しない中東の治安とシリア内戦と難民の急増を見て育ってきたのである。その間に、少なからぬ日本人も紛争のなかで命を落としてきた。

生まれてこの方、中東は危ない場所、という情報と知識に囲まれてきたのである。

 

増え続ける被害者数

確かに、21世紀に入って世界は「テロ」に悩まされ続けている。

アメリカのメリーランド大学が作成しているグローバル・テロリズム・データベースをもとにまとめられた「グローバル・テロリズム・インデックス2016」によれば、2000年にはテロ事件による死者数は世界中で4000人弱だったのが、2014年には3万2000人以上に増加した。

2015年以降、そのうち半分がイラクとアフガニスタン、ナイジェリアで起きたテロ事件で占められている(図1)。

図1(図1:テロ事件による国別死者数の推移。2000—15年、出所:米メリーランド)

やはり「中東やアフリカは怖いところ」、と言われる所以だが、近年はヨーロッパでも事件が頻発している。

同「インデックス」によれば、2015年にはイラクやナイジェリアでの死者数は減り、その分先進国での死者数が増えた。「インデックス」が「先進国」として取り上げているのはOECD(経済協力開発機構、北米・ヨーロッパなどの先進国35ヵ国からなる国際機構)加盟国のデータだが、先進国でのテロ被害者数の増減を見ると、2015年には前年から7.5倍に急増し、2001年、9.11米国同時多発テロ事件が起きた年の被害者数に次ぐ数に至っている(図2)。

図2(図2:テロ事件によるOECD加盟国での死者数の推移 。2000—16年7月、出所:同上)

その主な原因は、2017年11月にフランスでおきた襲撃事件だ。

以降、「イスラーム国(IS)」を名乗る「テロ事件」が、ベルギー、イギリス、ドイツなどで頻繁に発生することとなる。

こう見ると、「もともと中東やアフリカは紛争やテロの多い、危険なところで、それが最近先進国にも及んできた」と見えがちだ。

だからなのだろう。先進国の間には、「中東から流れ込む危険をブロックしなければ」という風潮が蔓延している。

アメリカのドナルド・トランプ大統領が、就任早々「中東や北アフリカの7ヵ国からの渡航者は、ビザがあっても入国を禁止する」との大統領令を出して、物議を醸した。

2017年4―5月に行われたフランスの大統領選挙では、エマニュエル・マクロンが勝利したものの、移民反対の右派、マリーヌ・ルペンの台頭が囁かれた。ヨーロッパに激震が走ったイギリスの「EU離脱」選択の背景にも、移民受け入れ政策への懸念があったと言われる。

しかし、本当にそうなのか。

「もともと中東やアフリカは紛争やテロが多くて、それが21世紀に入って世界の他の地域に拡大している」のだろうか。

新生・ブルーバックス誕生!