2017年の昇格プレーオフ決勝は、豊田スタジアムに4万人に近い観客が集まった(Photo by Kaoru Watanabe)
サッカー 現代新書

サッカー界イチの知将が直伝!組織の力を最大化する「伝え方の極意」

「楽しむ」と「勝つ」は両立できる

2月23日に開幕するJリーグ。2017年から名古屋グランパスを率いて、1年でのJ1復帰に成功した指揮官は、コミュニケーションの達人でもある。「伝え方」を工夫することで、いかに選手の力を引き出していったのか。そのコツを明らかにする。

「日本サッカーの常識を変えたい」

J1での戦いに再び戻ってくることができました。開幕戦は2月24日のガンバ大阪戦。とても楽しみで、頭がJ1での戦いに向けたトレーニングに集中している日々ですが、2017年の12月2日と3日というのは、いま振り返っても気持ちが高揚してくる2日間でした。

私がずっとチームづくりの基本にしてきた、「うまいと強いが同じになる」が、実現した2日間だったからです。

まず2日、私が5年間監督を務めていた川崎フロンターレが、J1で初優勝しました。私が監督時代にヘッドコーチとして、ともに戦ってきた鬼木達監督のもと、選手たちが躍動してタイトルを得た姿を見た瞬間は、本当に嬉しく思いました。

翌3日、名古屋グランパスが昇格プレーオフ決勝で引き分けて、1年でのJ1復帰を決めました。

12月3日J1昇格決めた瞬間(Photo by gettyimages)

グランパスは、J2でしかも3位だったので、17年のフロンターレと並べて「うまいと強いが同じ」と、胸を張れるようなチームではまだありませんが、1年間通して自分たち主導でどう勝つかということにこだわり、選手一人ひとりが「もっとサッカーがうまくなりたい」と願い、技術を追求して日々進化してきました。特にJ2最高の85得点という記録を私は嬉しく思っています。

私が監督としてつくり上げるサッカーは、「パスサッカー」と表現されることがあります。私にはそれは少し抽象的だと感じます。言葉にするなら、「自分たちが主役であり、ボールを持ってゴールを目指す攻撃サッカー」です。たくさんのゴールを奪って勝つことができればそれに越したことはないと思います。

相手によって戦い方を変えることもありません。「この味を食べたい」と思ってレストランに来たお客さんに対して、味を変えてしまうとリピーターになってもらえないのと同じです。どんな相手でも同じ味で勝つことがお客さんの喜びや楽しみにもつながると私は考えます。同じ味でも、追求というものにはキリがありません。もっと良い味にしていこうという思いで毎日を過ごしています。

それでも、どうも誤解されやすいようで、こう言われることがあります。

「勝敗よりもきれいにつなぐことにこだわっている」、「うまい選手、技術のある選手中心のチームなので、球際の激しさや勝利への執念が見えてこない」、「だから風間監督のサッカーを実現して、勝つためには時間がかかる」。

私は、誰よりも負けず嫌いです。「つなぐ」のは、フロンターレもグランパスもそれが一番ゴールに近いと考えたからです。よく半分冗談ではありますが、「身長2メートルの選手を揃えて頭だけでつなぐサッカーをするかも」と言うことがありますが、私のサッカーの目標はゴールを奪って勝つことで、最善の方法をいつも考えています。

そのために激しさが足りない、闘わない選手は、私はまず起用しません。試合前には、「技術で相手を殺せ!」「心にナイフを持て!」「食うか食われるかの戦いを楽しめ!」「相手に殴らせるな、先に殴りに行くぞ!」と言って選手を送り出すこともあります。

 

ただし、勝つために相手の良さを消したり、8人で守って一発を狙ったり、ただやみくもに前線へ放り込んだり、そういうことはしません。やっている選手が楽しくないし、見ているお客さんにとってもあまり面白くないでしょう。スタジアムへのリピーターにはなりづらいと思います。

そもそも、勝ち続けるためには、それがもっとも確実な方法だとは考えていません。

楽しいサッカーで勝つ、面白いサッカーで勝つ、相手の良さも引き出して、それでもゴールを相手よりたくさん奪う。これがサッカーの面白いところだと思います。 

それでも、 「それは理想にすぎない。面白いサッカーで勝つのは、バルセロナやブラジル代表みたいに本当に強いチームが目指すこと。ブラジルW杯の日本代表は自分たちのサッカーにこだわりすぎて、1次リーグで敗退したじゃないか」 と言う人もいるでしょう。 その発想、「日本サッカーのこれまでの常識」こそ、変えたいと思うのです。

現役時代にドイツでプレーしていた頃、現地の歯医者さんに行ったことがあります。
どちらかと言うと日本人は「治療は痛いけど、治るなら我慢しよう」という発想だと思います。でもドイツ人は平気でこう言います。

「痛くなく治してくれよ」

彼らからしてみたら、「治してくれるのは当たり前、どうして痛いのを我慢しなくちゃいけないんだ」という、両方を求めていく発想なのです。

日本人はどうしても物事を「何かを達成するためには何かを犠牲にする必要がある」などと、別々に考えがちです。サッカーに置き換えても同じではないでしょうか。

試合に勝敗がある以上、勝利を目指すのは当然です。じゃあ勝利のためにはすべてを犠牲にしていいのか。プレーヤーが楽しみ、ファンが楽しめる魅力あるサッカーを追い求めなくていいのか。

私は違うと考えます。「勝つ」と「楽しむ」その両方を追い求めていくのが、サッカーの醍醐味だと思っています。「いいサッカー」と「勝つサッカー」は別物でなくていい。「痛くない」「治す」の“いいとこどり”を指導者としての哲学にしているつもりです。