オリンピック フィギュアスケート

いよいよ出場!満身創痍の王者・羽生結弦にかけたい言葉

「連覇を期待」「がんばれ!」でもなく
青嶋 ひろの プロフィール

一瞬の栄光ではなく、長く競技で滑る姿を見ていたい

しかしもし、負傷からの回復が万全でない状態で、現在の4回転競争のただなかへ彼が飛び込んでしまったら? ジャンプの回数や種類を自ら制限できればいいが、それをしなかったら?

彼の身体への負担は相当なものになってしまうだろうし、もし勝てたとしても、万全な身体でいられるだろうか。ここで無理をして、とんでもなく後遺症が残ったら? 選手生命が絶たれるようなことになったら? 

そんなエースの姿は、やはり見たくない。

たとえ2連覇という偉業を成し遂げたとしても、そこで羽生結弦というスケーターが力尽きてしまうのならば、五輪など出場しないほうがましだ。

彼はまだ、23歳。一瞬の栄光ではなく、もっともっと長く競技で滑る姿を見ていたい選手ではないだろうか。

photo by gettyimages

今シーズン前半、30歳になるセルゲイ・ボロノフ(ロシア)やアレクセイ・ビチェンコ(イスラエル)らが4回転ジャンプを跳び、かつ、それぞれの個性を存分に表現しているのを見て。

彼らのように健やかに滑り続けて、30歳で競技を戦う羽生結弦の姿を見てみたい、と思った。4年後の北京オリンピック、彼は27歳。8年後のオリンピックは、31歳。その年まで彼を見られるのだとしたら、こんなに素晴らしいことはない。そこまで十分競技を続けられるはずの選手が、まだ23歳で壊れてしまっていいはずがない。

しかも平昌五輪後には、4回転に得点が偏りすぎてしまった現在の採点方法も大きく見直される予定だ。ルール変更後、現在懸念されている選手の低年齢化にも歯止めがかかるかもしれない。より芸術性が重視されるルールにもなるだろう。そこからの羽生結弦をこそ、見たくはないだろうか。

今の彼は、4回転を跳ぶことにいちばんのプライオリティを置いているかもしれない。スケーティングやジャンプの質は一級品だが、音楽の表現や演技力という点では、まだまだ彼には大きなのびしろがある。フィギュアスケートの競技性で頂点に立ったとしても、芸術性ではまだまだ上を目指しきっていない選手だ。

しかし本来の羽生結弦は、アーティスティックスケーターの極北にあったジョニー・ウィアー(アメリカ)に憧れ、エンターティナーの鑑だったフィリップ・キャンデロロ(フランス)の40歳を過ぎた演技に涙を流したような選手だ。

10代のころは「アスリートよりもアーティストでありたい」とよく語っていたことも思い出す。23歳という年齢は、精神的にも成熟し、技術だけに頼らないスケートに本格的に移行していける時期にもあたる。「第2次4回転時代」が終わりを告げるかもしれない平昌後、「第2期羽生結弦」こそ、見てみたいのだ。

そのためにも平昌五輪、何よりも無事で乗り切ってほしい、と願う。

 

ケガ明けの彼にとって、史上空前の4回転バトルとなるだろう今大会は、あまりにも酷だ。4回転2回ぐらいならば十分見せられるはずの個々の持ち味、音楽性、そしてスケーティング技術を、4回、5回という数の4回転を跳びながら見せるのは、痛みを抱えていない選手にとっても至難の業だ。

もし本気で羽生がこの修羅場を勝ち抜こうとしたら、あらゆるものを捨ててでもジャンプに集中することになってしまうだろう。そこで見せてしまう「ジャンプだけの羽生」で、彼の競技人生が終わってしまうことだけは、なんとしても避けてほしい。

ほっておくと、ただでさえ無茶をする男なのだ。「この先の羽生結弦」のために、今回はとにかく、無理はしないこと、させないこと。「連覇を期待」でも「がんばれ!」でもなく、「無理をするな!」。それこそが今の彼にかけるべき言葉ではないだろうか。

ここまで尋常ではない努力をしてきた彼に、ほんとうはこの舞台でこそ「がんばれ!」と言いたい。大きな奇跡を見たい、とも思う。「彼ならばきっとやってくれる」、とも、思いたい。

でも、それが彼を追い込むことにならなってしまわないように。必要以上に彼をがんばらせることに、ならないように。

平昌での演技が、彼にとって最高の演技にも最後の演技にもならないように。ここが羽生結弦にとって、フィギュアスケーターとして真の頂点への道の、ひとつの通過点になるように。

今大会の彼には、もう「連覇」「金メダル」などという期待をかけることなく――できるだけ静かに、冷静に、見守っていきたい。

いつもリンクで涙を流していた泣き虫少年は、 世界にその名を知られるトップスケーターへと成長した。 宇野昌磨20歳、星を掴む舞台、平昌へ――。
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