オリンピック フィギュアスケート

いよいよ出場!満身創痍の王者・羽生結弦にかけたい言葉

「連覇を期待」「がんばれ!」でもなく
青嶋 ひろの プロフィール

そんな男なのだから、「羽生結弦なら、もしや」と多くの人が思ってしまうのも、無理はない。

二連覇を期待される五輪シーズンの、NHK杯でのケガ。それすらも、何かしら劇的なものの前触れに見えてしまう。この男なら、何かあるだろう、何かやってくれるだろう、と。まるで神がかり的な存在感に浮かされてしまったように。

「こうなったら、2連覇してもらいたい」

羽生結弦ファンでなくとも、ものすごいドラマを、奇跡を見たいという人も多いだろう。

「絶対に、やってくれるはず」

そう信じるファンの声も高い。しかし、羽生結弦とはいえ、人間だ。その精神力も、アスリートとしての力も凄まじいが、やはり彼は人間だ。できないこともある。間違えることもある。ここはひとつ、冷静に見守ろう、と言いたいのだが……そう書きつつ、「でも、この人ならやりかねない」――筆者自身も、そう思ってしまいそうになる。

 

「滑りたい」という純粋な気持ちと、大きな責任感

2月11日、羽生結弦は現地・平昌入りした。

ケガを押しての出場で思い出すのは、4年前、ソチ五輪のロシア代表、エフゲニー・プルシェンコのことだ。彼は団体戦はフル出場したものの、個人戦の直前練習で患部を傷めてしまう。そして、「このまま滑ったら身体に障害が残ってしまう」と言い残し、滑走を取りやめたのだ。

しかし羽生結弦に、もし同じような事態が起こったら? この男は「身体が壊れてもやる!」と言ってしまうだろう。平昌に入ったからには、何が起きても最後まで押し切って滑りきるつもりだろう。そんなことになるのが、今はいちばん怖い。

衝突事故があった中国杯の時も、グランプリシリーズ程度であそこまで無理をするなど、海外の選手から見れば考えられないことだった。たぶん彼には、「滑りたい」という純粋な気持ちと同時に、「自分がファイナルに出なければいけない」という大きな責任感があった。

グランプリファイナルのために、放送局がどれだけの仕込みをしているかを、彼は考えた。自分の存在がどれだけたくさんの人を動かしているかも、彼はよくわかっていたのだ。それであんな、考えられないような無茶をしてしまった。

そんな責任感、誰かの期待に応えたい、という気持ちの強さは、羽生がここまで大きくなる以前から持っていたものでもある。シニアに上がったばかりのころだろうか。あるアイスショーに出演したところ、客席が半分ほどしか埋まらなかったことがある(信じられないかもしれないが、彼にもそんな時代があったのだ!)。その時彼は主催者に対し、「僕が満席にできなくてごめんなさい」と謝ったという。

それほど彼は、若いころから自分が滑ることの影響を考える選手だった。彼が様々な奇跡を起こしてしまう、何かしら「やってしまう」根底には、彼自身の「やりたい」「勝ちたい」気持ちももちろんあるが、「期待に応えなければ!」そんな思いも大きかったはずだ。

photo by gettyimages

「羽生が出なかったとしたら、平昌五輪そのものの価値が50%減でしょう」

ある放送局の記者は言った。

「羽生君なら、絶対にやってくれる」

ファンも、そんな言葉を放つ。

報道は、連日連夜「羽生、金メダルへ」「二連覇へ」という言葉ばかりが躍っている。

こんな雰囲気は、誰よりも羽生結弦自身が強く感じているはずだ。

オリンピックともなれば、純粋に彼を応援する声ばかりではない。お金の匂いのする期待も、彼は十分すぎるほど背負っている。彼のスケートが好きなわけではなく、ただ好奇心で金メダルが見たいだけ、さらにはオリンピックという舞台で何かアクシデントが見たいだけ、そんな人々だって多い。

誰よりも敏感に空気を読んでしまう羽生は、平昌でもきっと、無理をしてしまうだろう。

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