Photo by iStock
医療・健康・食 ライフ

本当は短大卒の父が、家族にまで「国立大卒」と偽っていた事情

現役証券マン「家族をさがす旅」【3】
このエントリーをはてなブックマークに追加

緊急手術をすることになった70代の父。駆けつけた「ぼく」に、母の口から明かされたのは、思いもよらない父の過去と、腹違いの兄の存在だったーー。

現役証券マンにして作家の町田哲也氏が、実体験をもとにつづるノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。「ぼく」は父・道良の人生をたどり直すため、父の姉妹に話を聞きに行くことにした。

〈登場人物〉

ぼく……大手町に本社をおく大手証券会社に勤める証券マン。40代で、妻子あり。会社勤務の傍ら小説を執筆し、単行本も刊行している。

父……名前は町田道良。78歳。2017年8月、緊急入院し手術を受ける。小さなパン屋を長年営んできたが、家族に暴力を振るう一面があり、10年前に妻(=「ぼく」の母)と離婚。3年前に生活に行き詰まると、再び妻のもとに身を寄せていた。実は若い頃、別の女性と結婚し息子をもうけていた。

町田稔……道良の父(=「ぼく」の祖父)。国鉄に勤めていた。

町田さえ……道良の母(=「ぼく」の祖母)。

聡子・千賀子……道良の姉と妹。

 

父の人生を知る「最初の手がかり」

小さい頃の父の話を聞くうえですぐに思いついたのが、聡子と千賀子という2人の姉妹だった。一番下の妹である千賀子は、N市の実家に祖母と暮らしていたこともあって、何度か挨拶したことがある。一番上の姉の聡子に会うのは、法事くらいだった。

高校を卒業するまでの父の姿は、姉妹それぞれに別の姿が残っている。姉にとって父はかわいい弟であり、妹の千賀子にとっては怖い兄だった。ぼくはそれぞれの家を訪問することにした。

まずアポイントを取ったのは、姉の聡子だった。80代半ばということもあり、記憶がたしかなうちに話を聞いておきたかった。

JRからバスに乗り換えると、10分程度の距離にあるバス停まで迎えに来てくれた。年齢を感じさせない姿勢の良さで、はっきりとした話し方をする方だった。

周辺の住宅地は子どもがいなくなってガラガラだというが、静かな田舎町といった風情だ。高い建物がないため、青空が近く感じられる。夫は電機メーカーに長く勤めていたという、おっとりした方だった。

聡子は稔が死ぬ2年前に家を出たので、道良が家庭内で暴力をふるうのを見た記憶がない。道良が20歳のときだ。稔が元気だった頃は、父も怖かったのではないか。稔は厳しい性格で、明治人らしく規則正しい生活を旨としていた。

おはようございます、いただきますといった挨拶がなければ叱られたし、食事のときは必ず正座で、足を崩すと怒られた。西郷隆盛の血を引いているというのが口癖で、正月には書初めをしたのをよく憶えている。

稔は酒が好きで、陽気な一面もあった。ある晩、突然お客さんを家に連れてきたことがあった。家族も誰だか知らないが、すき焼きでもご馳走しろというので、精一杯もてなした記憶がある。

翌朝訊いてみると、偶然電車で知り合った人で、何の関係もないという。誰とでも仲良くなれる、明るい性格だった。

一方で、さえは躾の厳しい女性だった。内職で縫い物をしており、丹前をよく縫っていた。子どもたちの着物は、生地を買ってきて自分で縫ってくれた。しばらく1人で家計をやりくりしていたはずだが、聡子に家が貧しかったという記憶はない。

Photo by iStock

聡子が家を出てから、父はどう見えたのだろうか。当時父が岩波映画製作所という映画会社でカメラマンをしていたことは、ぼくも断片的に聞かされていた。その頃に話を向けると、聡子は記憶をたどるような表情をした。

「そういえば、一度だけ道良が撮影したのに出たことがあったわね」

「映画ですか?」

「テレビコマーシャルだったような気がするけど、そうよね?」

聡子が思い出せないようで、隣に座る夫に訊いた。

「そうだったっけなあ」

「そうよ。ほら、みんなでテレビの前で映るのを待ってたじゃない。CMのモデルだったのよ」

「何のCMだか思い出せますか?」

「あれはね、どこか旅行に行くシーンだったんじゃないかしら。家族3人で、都内の駅まで行って撮影したのよ」

「3人っていうことは、子どもも一緒に?」

「そうよ。髪型をセットして、この人はスーツを着て準備をしたの。娘が5歳くらいだったから、1967年頃かしら。まだ家にビデオなんてなくて、放送される予定の日には、テレビの前でずっと待ってたの」

「間違いなく、CMですよね。何かの番組ではなくて」

「そうだったと思うけどね」

聡子は、つながりつつある記憶をそのまま並べた。ぼくは父についてはじめて得られた手がかりを失いたくなかった。

記事をツイート 記事をシェア 記事をブックマーク