生命科学

オスなんて「いないほうがいい」!? 性を操る細菌の不思議

フシギな「細菌の世界」にようこそ
ブルーバックス編集部 プロフィール
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「共生」か「寄生」かは簡単には決められない

深津さんは言う。

「同じ生物でも、状況によって細菌との関係が相利的になったり、寄生的になったりすることがあります。

ボルバキアはビタミンBの一種であるリボフラビンという物質を生産します。もし宿主昆虫の餌にビタミンが不足して、ビタミン欠乏症のような状態になれば、ボルバキアがいることが利益になるわけです。

ある関係が共生か寄生かは、固定したものではなく、環境によって変化することもある、可変的なものなのです」

 

生物界に起こっている現象を見渡すと、共生と寄生は決して対立する概念ではなく、むしろ寄生は共生のなかに包含されてしまう。

人間の価値観では、一律に善か悪かを分けるように共生か寄生かもどちらかに決めてしまいがちだが、自然界はずっと複雑で、一義的に善悪を分けること自体に無理があるのだ。

「自然界にかぎらず、世の中には明確に定義できないものが多い。たとえば、富士山というものを定義しようとしても、広い裾野のいったいどこまでが富士山なのか」

深津さんはそう問いかける。登山者は登山口から山頂までの行程で富士山を語るし、風景として眺めれば、裾野が隠れるところまでを富士山と見る。どこまでが富士山かという境界線を客観的に決めることはできない。

一方で自然界には、多様な中にも共通した法則性がある。自然界に存在するさまざまな現象の、ひとつひとつの関係性をみつけて統合し、あるいは分けることで、人は仕組みを認識することができる。

生物と細菌との関係を場面ごとに切り取れば「与える」「助ける」「殺す」「無関係」などさまざまで、なかには環境によって有害から有益へと変化するものもあるが、その多様な関係を「共生」という概念のもとに位置づけてゆくことで、自然界の仕組みを体系的に読み解いてゆくことができる。

「コメも野菜も、そして家畜も、広い意味ではヒトとの共生関係にあるんですよ。

野菜はヒトに栽培されることによって、本来の野生種だった時代よりもはるかに大面積で栽培されるようになり、人間の管理下で繁栄しているわけですから」

[図6]深津さんの研究室で飼育されているキイロショウジョウバエ図6:深津さんの研究室で飼育されているキイロショウジョウバエ

ひとしきりの話のあとで、研究室をご案内いただいた。飼育室には一定の温度に保たれた恒温器がずらりと並び、チャバネアオカメムシやクロカタゾウムシ、それにキイロショウジョウバエが世代を繰り返している。

上の階にはDNAの解析をはじめ、部屋ごとにさまざまな実験機器が並び、若者が黙々と実験を続けている。

「機器がものすごく充実してますね」と問いかけると、深津さんから、

「今ではこの研究所で、ひととおりの研究はできるようになっていますからね。でも、私が20年かけて必要なものを揃えてきたのです」

との言葉が返ってきた。

研究が広がっていくにつれて、新たな機器が必要になってくる。すぐれた着想と実績で外部からの研究資金を獲得しつづけ、ようやく揃え上げた設備と研究体制であることは、話の端々からうかがえた。

[図7]昆虫たちがずらりと並ぶ飼育室図7:昆虫たちがずらりと並ぶ飼育室

こうした最先端の機器に囲まれてはいるものの、それを駆使することは、あくまでも肉眼では見えない現象を浮かび上がらせるための手段でしかない。深津さんの研究室にはそれぞれの分野で、野外での調査でも第一線に立ちつづけている人材が集まっている。

一般的には、動植物の探索に優れた能力を持ち、野外調査に軸足を置いている人は、室内で繰り返す実験を敬遠しがちなものだ。しかし、チャバネアオカメムシで見つかった進化途上にある共生細菌も、アブラムシの体内で見つかった真菌も、あるいはボルバキアも、肉眼では見えない。

現象の本質を明らかにするためには、まず仮説を立て、それを実験によって検証しなくてはならない。野外調査と室内実験の両輪が回らなければ、微生物との共生の研究は進められないのだ。

[図8]実験中の若い研究者図8:実験中の若い研究者

多様な自然界から共通性を見つけ出して客観化してゆく深津さんの仕事は、基礎研究そのものだ。すぐに技術に応用できるような研究が評価されがちな昨今の風潮のなかで、基礎研究を堂々と続ける姿勢は、自信と信念との表れでもある。

産業に結びつく応用研究は、基礎研究の結果として生まれてくる。未知の新たな現象を次々と読み解いてゆく仕事は、代わりの誰かにできるものではない。

「心から面白いと思う研究を、とことんやります」

深津さんに今後の計画を尋ねると、笑顔とともに、自信に満ちた言葉が返ってきた。

取材協力:

[リンク]産総研
深津武馬さん

深津 武馬(ふかつ・たけま)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門 首席研究員
兼 生物共生進化機構研究グループ 研究グループ長

当グループでは、昆虫類におけるさまざまな内部共生現象、さらには寄生、生殖操作、形態操作、社会性といった高度な生物間相互作用をともなう興味深い生物現象について、進化多様性から生態学的相互作用、生理的機能からその分子機構にまでいたる研究を多角的なアプローチから進めています。共生微生物が宿主生物に賦与する新規生物機能の解明と利用をめざします。

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