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女性が「義理チョコ」を送る文化は「異性愛者」にも息苦しくないか?

日本のバレンタインデーの窮屈さ

バレンタインデーは私たちにとってどんな日なのか? 窮屈になってきているのであれば、どう変わるべきなのか? オープンリーゲイとしてLGBTに関するコミュニティ活動もおこなってきた、文化人類学者の砂川秀樹氏が考察する。

バレンタインデーの存在感

数年前のこの時期、郵便局の窓口で、「14日、開いてますか?」と尋ねている人に出くわした。

20代前半とおぼしきスーツ姿の若者。その質問に対して、郵便局員は、一瞬作業の手を止め考えて、「バレンタインデーは休日じゃありませんよ」と怪訝そうに答えた。

その返事に、尋ねた人は自分の勘違いに気づいたようで、「あっ」という表情を見せた。

そのやりとりを見て、一瞬でもそんな勘違いを起こす人が現れるくらいにバレンタインデーは大きな存在になっているのか、と驚いた。

 

確かに、現在50代の私が小学低学年のときにはすでに、バレンタインデーは定着していたのだから、その「歴史」を考えると、今や、季節の一大行事になっていることは間違いないだろう。

そして、自分自身の経験を振り返っても、思春期の頃まで、バレンタインデーが存在感のある、しかし、どことなく落ち着かない日だったことは確かだ。

また、今は今で、別の意味で気になる日となっている。自分はゲイなのに。いや、ゲイだからこそ──。

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ゲイでもその日が気になった理由

日本チョコレート・ココア協会」のサイトの説明を見ると、1958年(昭和33年)2月に、メリーチョコレート会社(東京)が、新宿・伊勢丹の売り場に「バレンタインセール」と手書きの看板を出したという。

しかし、当時はほとんど売れなかったようだ。

その後、森永製菓が、1960年(昭和35年)にバレンタイン企画の新聞広告などをうち、チョコレートの販売を促進、昭和40年代末から50年代にかけて盛り上がったという。

1966年(昭和41年)生まれの私は、ちょうどその盛り上がっていく頃に小学生時代を過ごしていた。

そんな私の、バレンタインデーに関するもっとも古い思い出は、小学2年のときのもの。同級生の女の子が、「バレンタインにチョコレートあげるね」とこっそり耳打ちしてくれ、ドキドキしたこと。

そして、その日を楽しみに待っていたものだが、なぜか結局もらえず、その理由を尋ねることができないまま、その子はそれから間もなく転校していってしまった。

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