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週刊現代

死刑判決を下した裁判官の「その後の人生」

精神を病んだ者、法廷を去った者…

法廷に立った被告から命を奪う――。「死刑」という、あまりにも重い決断を迫られる裁判官たち。彼らは、何を思い判決文を読み上げているのか。悩み、迷い、時には心を病む。法服の裏に隠された内面に迫る。

刑事裁判官たちの怒り

人を裁き、裁かれた者の運命を差配する裁判官には、心からの謙虚さをもってその職務にあたることが求められている。

法廷に立つ者の必死の叫びに耳を傾け、ささいに思える主張についても慎重に吟味し、真実探求の努力を惜しまないことでしか、正義の実践を成し得ないからだ。

だが、往々にして無辜の民が罰せられ、社会的地位や権威と無縁の小さき声は、冷たく退けられてきた。

連載第二部では、裁く者もやがて歴史によって裁かれるという自戒を胸に、厳しい「裁判の道」を歩んできた裁判官や元裁判官たちの、素顔とその内なる声に迫ってみることにする。

複雑な社会現象や難解な政治問題をわかりやすく整理し、平易な言葉で解説するジャーナリストの池上彰は、視聴者や読者から高い支持を得ている。

しかし刑事裁判官たちの池上への評価には、手厳しいものがある。過去の発言の一部が、彼らの神経を逆なでしたからだ。

 

2010年12月5日放送のバラエティ番組「池上彰の世界を見に行く」は、1年の「10大ニュース」のひとつに、裁判員裁判での「初の死刑判決」を取り上げた。

市民が裁判に参加する裁判員裁判がスタートして1年半。極刑である死刑判決に、はじめて裁判員が関わったとして話題になったニュースをランクインさせた理由を、池上はこう語っている。

「判決に不服なら、高等裁判所に控訴することができますと被告に教えるんですよ。

これはいつもやってることなんですよね。今回はですね、控訴を勧めますと言ったんですね。つまり、一審で死刑判決を言い渡したんだけれども、それに自信がないんじゃないかと、思わせる判決だった」

日本の裁判は三審制のため、一審の地裁判決に不満があれば、二審の高裁に控訴でき、さらに最高裁に上告できる仕組みになっている。この制度説明とともに、池上はこう続けた。

「裁判長が控訴を勧めますということは、わたしの判決に自信がありません、と言ってることでしょう。プロとして、これは本来言うべきことではないですよね」

横浜地裁の3人の職業裁判官と、一般市民から選任された6人の裁判員が下したこの死刑判決は、元暴力団員のA被告(逮捕時31歳)に対するものだった。

マージャン店の経営権をめぐるトラブルから、A被告は、同店の経営者と会社員の男性の二人を冷酷な手口で殺害していた。

判決文は、命ごいをする被害者の首を、生きたまま電動ノコギリで切断するなど「想像しうる殺害方法の中でも最も残忍。被害者の恐怖や肉体的苦痛は想像を絶する」と断罪している。

その判決言い渡しのあと、裁判長は、「重大な判断になったので控訴を勧めたい」と付け加えていたのである。

市民である裁判員にとって、いくら合議を尽くした結果とはいえ、人の命を奪うことへの悩みと苦しみは尽きない。

しかしそれ以上に、死刑判決を起案する裁判官は、人が人を裁くことのいい知れない重責を背負い続けなければならないのである。

ある刑事裁判官は、静かな口調ながら、不快の念を滲ませ語った。

「そもそも自信がなくて、死刑判決など書けるものではない。裁判官にしろ、裁判員にしろ、みんな夜も眠らず、考えに考えた末の、ギリギリの判断によって死刑を選択しているのです。

また裁判長が控訴を親身になって勧めるというのは、よくあること。この人、わかってないなと腹が立った」

一度でも死刑を宣告したことのある裁判官にとって、その法廷と判決朗読の時間は、記憶から消えることはない。

死刑判決を起案する過程で精神に変調をきたす裁判官もいる。

「司法修習を終え、任官した直後の裁判官でした。5人が死亡した放火殺人事件を担当させられ、ストレスから盗撮に走り、挙げ句、逮捕されてしまった。

盗撮をはじめた時期と、事件を担当した時期とが重なっていたので、ストレスからの異常行動だったとして、同期の裁判官たちは同情し、職場復帰するよう励ましていた。

しかし新聞等で大きく報じられたこともあって、弾劾裁判にかけられ、法曹資格まで剥奪されてしまった」(裁判所関係者)

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