平昌五輪直前、最後の調整に励むカーリング男子日本代表・SC軽井沢クラブ
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平昌五輪「取材パスがもらえない…」フリーライターの悲しみ

私、ベテラン記者なんですが
2010年のバンクーバー五輪に挑む「チーム青森」の取材をきっかけに、9シーズンにわたって、誰よりも多く、そして深く、カーリングというスポーツの現場を取材してきたと自負する竹田聡一郎氏。海外での大会にも何度も出かけ、カーリング世界選手権は過去3回、いずれも世界カーリング連盟(WCF)から支給されたパスで取材している。ところが、今回、平昌五輪ではJOCから門前払いをくらったという。五輪ってそんなに特別なのか!?

フリーランスは五輪取材ができない!?

今回、フリーランスの方にパスを出す予定はありません

JOC(日本オリンピック委員会)の広報窓口の担当者は電話口で確かにそう言った。耳を疑った。

パスというのは、五輪やサッカーW杯などの大イベントでマスコミ陣が、これ見よがしに胸にぶら下げるメディア用の身分証である。記者ID、アクレデ(Media accreditation)などと呼ばれる。

「え!? フリーランスは五輪取材ができないってことですか?」

「雑誌協会や新聞協会には出していますから、協会加盟社から入手してください」

「彼らは外部の人間にパスを渡さないでしょう」

「それをこちらに言われても」

結局、パスは出してもらえなかった。突き放した口調が腹立たしかったので、悔し紛れに担当者の名前を尋ねるが、教えてくれなかった。

JOCからの通告を受けて、パスが割り当てられている通信社や新聞社、出版社などの知り合いに片っ端から泣きを入れてみたが、どの社も媒体も「竹田さんにはお世話になっているのですが、やはり外部にパスを出すのは難しいです」との答えだった。

悲しいが、それは正論だ。フリーランスの僕が、大新聞やメジャー出版社のIDで現場をウロついて何か問題があったら、誰も責任はとれない。

ただ、そうなると伝統と格式のある報道機関しか五輪は取材できないという結論になってしまう。いくら深い取材をして質の高い記事を配信しても、新鋭の媒体は門前払いだ。

僕は、いい記事を書いてきたかどうかは自分ではわからないが、取材をはじめた2009年から、社員、フリーランスを含めたあらゆる記者の中で、誰よりもカーリングを観てきたという自負は持っている。思い出せば、さまざまな大会で観てきた選手の涙や笑顔がいくつも浮かぶ。

 

今回の平昌五輪に女子代表として出場するロコ・ソラーレ北見の結成会見も取材したし、藤沢五月が中部電力時代に北海道名寄市で初優勝を飾った2011年の日本選手権の全日程を観た。

男子代表のSC軽井沢クラブのサード・清水徹郎と、カーリング記事に役に立つかしらないが、日本サッカー界の至宝・中村俊輔の偉大さについて語り合ったこともある。

ネットの掲示板で実名を出されることもあるし、より深い取材をしたいがための行動をとがめられて、某チーム関係者や協会関係者に出入り禁止をくらった過去だってある。

女子日本代表、ロコ・ソラーレ北見は、チーム結成時から取材していた

それでも懲りずに、暴風でも豪雪でも(カーリングは大体、雪が多い地域でやるのだが)ホールに通った。

お金の問題もあった。

多くの選手や関係者には失礼な物言いだが、はっきり言って、カーリングはマイナースポーツだ。特に五輪の翌年などは、興行的に盛り上がらず、観客も少ない。

そんな現場に行って取材しても、記事を掲載してくれるメディアは少なく、原稿料は十分に確保できない。交通費や滞在費といった取材経費で赤字に終わったシーズンが大半だった。

では、どうしてそこまでして取材を続けたかというと、この競技には、まだ多くの人が気づいていない魅力とポテンシャルがあると感じたからだ。

まずはゲーム性が高く、観ていて単純に面白い。シンキングタイムがあって戦術は無限でショットの選び方に個性があった。それはゲームを観戦する人々が、多人数で意見を交わしながら観る楽しさに繋がる。

カナダなどのカーリング先進国では、カーリングホールには必ずバーが併設されていて、あーでもないこーでもないとビールやウイスキーを飲みながら観戦するのがカーリング文化のひとつである。アルコールと親和性があるのは、飲兵衛の僕にはうれしかった。

そして何より、日本ではマイナーな競技ではあるが、選手たちがそれでも世界を目指して、みんな実に真摯に強化を続けていたことだ。その道のりを見届けたかった。

さらにもうひとつ本音を漏らせば、専門性を持った書き手がまだ確立されていないことも僕にとって重要だった。第一人者となればカーリングの盛り上がりと同時に十分な仕事を得られる。そんな青写真を描くことができた。

ともかく上記のような理由で、このスポーツの取材を続け今に至る。取材を始めて9年目、3度目の冬季五輪、男女で五輪出場も決まって感無量だ。おかげさまでこの年末年始からカーリングがらみの仕事が激増した。

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