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スキャンダル報道された善光寺貫主の「執念の反論」

「残された時間で名誉回復を」

「名誉回復をしたい」

長野の名刹・善光寺で3日に行われた節分会(え)には、人気グループ「EXILE」のメンバーやプロサッカー選手らが参加、ゲストに加え福男や福女らがまく「豆」を求めて多くの参拝者が集まった。

年間、600万人以上が参拝する善光寺は無宗派の寺院で、天台宗の大勧進と浄土宗の大本願によって運営される。このうち、天台宗のトップである小松玄澄貫主(84)の去就が注目されている。

「3月末で退任します。本堂に上る昇堂のスケジュールが決まっているのは3月19日まで。大きな行事は3日の節分会が最後。これが引退の花道となります」(善光寺関係者)

 

確かに、小松貫主は1月10日、記者会見を開き、「平常通り、法要と儀式に復する」としたうえで、「しかるべき時期をもって貫主の地位を後進に譲りたい」と、述べた。それをもって3月末退任説が流れているのだが、小松貫主自身は、「いつまでと、時期を区切ったつもりはない」といい切る。

節分会の直前、大勧進で小松貫主に会った。龍谷大学野球部で鍛えたせいか、今も背筋は伸び口跡はハッキリしており、年齢を感じさせない。教戒師として訪れた刑務所では、服役囚を怒鳴り飛ばしながら激励するなど型破り。その個性が敵を生むのか、退任は「反小松派」の仕掛けによるものだったという。

「私も高齢なんで、いつまでも貫主の座に居続けるつもりはなく、しかるべき人に譲るつもりです。ただ、その前にやることがある。これまで散々、誹謗中傷されてきたが、泥仕合になるのが嫌で反論は避けてきた。それが善光寺の名誉のため、信徒のため、と思っていたからです。しかし、退任の前に名誉回復はしておきたい。いいたいことをいう。3月末と区切ったつもりはありません」

解説が必要だろう。

小松貫主は、33年、京都府宇治市に生まれ、10歳で得度受戒。大学卒業後、天台宗の総本山・比叡山延暦寺で修行の後、天台宗宗務庁総務課長、京都仏教会事務局長などの要職を経て、91年、善光寺大勧進副住職となり、02年貫主に上り詰めた。京都府宇治市には自坊(もともとの住職地)の宝寿寺がある。

長野県の仏教界からすれば外様。大勧進を本坊とする一山25院の寺院にとっても“ヨソ者”である。その小松貫主が、ナンバー2の副住職として10年、トップの貫主として17年近くも君臨、長野県仏教会会長も兼任することに不満を抱く一山の僧侶は少なくないという。

小松貫主に関しては、04年に月刊誌が「地元女子アナとの密会」をスクープして以降、07年には週刊誌が「3人の女性と交わした絵文字入り不倫メール」と報じ、16年に問題となった「女性職員への差別発言とセクハラ」に関しては、部落解放同盟長野県連合会が乗り出して調査したこともあり、一般紙や週刊誌が取り上げる騒ぎとなった。

小松貫主は、何をどう訴え、名誉を回復するつもりなのか。本人に聞いた。

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