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米韓同盟が崩壊するとき、日本が採るべき「二つの選択」

決して空想の出来事ではなくなってきた

日本にとっての韓国の存在理由

朴槿恵(前韓国大統領)執政期の日韓関係は、「厳冬期」を迎えていた。朴槿恵は、日韓関係史の文脈では、「1990年代初頭の文民政権発足以降では、在任中、日本についぞ来訪しなかった大統領」として名を残すのであろう。

そして、現下、文在寅(韓国大統領)執政中の日韓関係は、「厳冬期」ならぬ「氷河期」に入りつつある。日韓関係の現状を前にして、「それでは困る……」という空気が日本国内に漂っていない事実にも、その「氷河期」の相が表れる。

そもそも、現在の日本にとって、朝鮮半島、特に韓国が占めている戦略上の位置とは、どのようなものであろうか。さらにいえば、日本は、韓国に対して、どのような位置付けを期待しているのか。

戦後七十余年、日本が平和と繁栄を享受できた条件として、憲法第九条と日米安保体制は、自明のように挙げられるけれども、沖縄の負担と米韓同盟の枠組に言及する向きは、決して多くはない。永井陽之助(政治学者)は、すでに半世紀前の時点で、この事実を鋭く指摘していた。永井が著した『平和の代償』書中には、次のような記述がある。

「いかに詭弁を弄しようとも、現在われわれが日々享受している“平和”なるものが、日本の外辺に位置し、直接共産圏に隣接しているという位置のゆえに、防共最前線にたつ南ベトナム、韓国、台湾、沖縄など、多くの地域住民の巨大な軍事的負担と、犠牲のうえにきずかれているという、きびしい反省がなければならない」。

 

朝鮮半島を南北に分断する「38度線」は、韓国にとっては「民族の分断線」かもしれないけれども、日本にとっては「安全保障上の最前線」である。

その「安全保障上の最前線」が「38度線」で固定されていればこそ、日本は、冷戦期を通じて、中国や北朝鮮のような共産主義陣営諸国の「風圧」に直接に対峙せずに済んだ。

もし、「安全保障上の最前線」が「38度線」ではなく「対馬海峡」に位置していたならば、日本が「憲法第九条の夢」にふけり続けることができたかは、はなはだ怪しい。少なくとも確実に指摘できることは、日本の安全保障費用は、対GDP比1パーセント前後という現状水準で済むことはなかったであろうということである。

そうした事情は、「冷戦の終結」以後、北朝鮮の核・ミサイル開発が表面化し、中国の対外拡張傾向が顕著になった過去4半世紀の歳月の中でもそれほど、変わっているわけではない。

しかるに、韓国が米韓同盟の枠組の下、日本にとっての「防波堤」の役割を果たし続けている限りは、韓国の「反日」姿勢と目されるものは、たいした実害を日本に及ぼさない。

そもそも、朝鮮戦争それ自体は、金日成の南侵という事態を前にして、共産主義の影響が日本に及ぶのを避けるべく、米国が介入したことによって一気に「熱戦」と化した。

朝鮮戦争が「朝鮮半島の自由」を護るための戦争であるというのは、ひとつの後講釈の類であり、「極東における橋頭堡としての日本」を失わないための戦争であるというのが、米国の当初の意図である。

そのことを理解するには、朝鮮戦争勃発が共産主義・中国成立の翌年であり、その数年前から米国国内ではマッカーシズムの嵐が吹き荒れていたという事実に留意することが大事である。

ゆえに、朝鮮戦争休戦の結果として樹立された米韓同盟もまた、表層としては韓国防衛を大義にしていながら、底層では日本防衛という目的に結び付いたものであった。アジア・太平洋における米国の同盟網の中では、その重要度において、日本と韓国は決して同じではないのである。

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