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週刊現代

恩田陸『夜のピクニック」は文学史に名を残す名作だ

友人間に成立する愛のリアリティ

それぞれの父と母が不倫…そして

恩田陸作『夜のピクニック』に登場する、太平洋沿岸にある男女共学の進学校である北高には、鍛錬歩行祭という全校生徒参加の行事がある。

〈朝の八時から翌朝の八時まで歩くというこの行事は、夜中に数時間の仮眠を挟んで前半が団体歩行、後半が自由歩行と決められていた。前半は文字通り、クラス毎に二列縦隊で歩くのだが、自由歩行は、全校生徒が一斉にスタートし、母校のゴールを目指す。そして、ゴール到着が全校生徒中何番目かという順位がつく。もっとも、順位に命を懸けているのは上位を狙う運動部の生徒だけで、大部分の生徒は歩き通すのが最大の目標であった〉。

鍛錬歩行祭は80kmだ。この行事の起源はよくわからないが、根拠が不確かな伝承がある。

〈まことしやかに囁かれているのは、かつては修学旅行があって、関西方面に行った時、地元の高校生と乱闘になって、以降修学旅行の代わりにこの行事になったという説だ。修学旅行というのは、一回なくなると二度とできないというのである。北高には、今も修学旅行がない。ただ、他にも似たような行事を行なう学校は幾つかあると聞いているので、もしかすると単なる流行りだったのかもしれない〉

筆者の卒業した埼玉県立浦和高等学校(埼玉県さいたま市浦和区)にも古河強歩大会という、母校を早朝に出て茨城県古河市までの約50kmを徒歩で移動する行事がある。強歩となっているが、関門ごとに制限時間が設けられているので、最初の30kmくらいは走らなくては失格になった。

浦高は男子校なので、『夜のピクニック』で描かれているロマンスはないが、一生の記憶に残る行事であることは間違いない。古い伝統校にこの種の行事が残っているのは、戦前・戦中の行軍訓練の名残ではないかと筆者は見ている。

この作品は、異母きょうだいである甲田貴子と西脇融の和解と、その環境を整える貴子の親友の遊佐美和子、榊杏奈(現在はアメリカの高校に転校し、スタンフォード大学に合格している)、融の親友の戸田忍たちが織りなす、さまざまな物語によって進んでいく。

融の父親は地方銀行に勤務していたが、貴子の母親と不倫をしていた。不倫が発覚し、父親は貴子の母親との関係を完全に絶つ。貴子の母親は夫と離婚し、実業家として成功している。融の父親は胃がんで死んだ。貴子も融も母子家庭で育つことになった。

2人とも成績が良く北高に入る。1~2年は別のクラスだったが3年で同級生になる。2人は、互いに相手を過剰に意識しているが、避けていて、まともに口をきいたことがない。

ふたりの間のカタルシス

この作品にはいくつか山場があるが、その1つが、貴子の母親が美和子と杏奈に、貴子と融の関係について密かに話していた事実を、夜中の歩行中に美和子が貴子に告げる場面だ。

〈「―どうして、話したんだろ」

美和子がちらっと顔を見たのが分かったが、貴子は俯き加減のままだった。

母にしてみれば、いわば自分の恥ではないか。それを娘の友達に話してどうしようというのだ。惨めになるだけだし、娘の恥にもなるとは思わなかったのだろうか。そんな、母に対する非難の気持ちが冷たく心に湧いてくる。

 

それを見透かしたかのように、美和子が落ち着いた声で言った。

「『あの子は多分、西脇融に対して罪の意識を持っている』って、お母さん言ってた」

ぎくりとした。

新生・ブルーバックス誕生!