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ヒンナヒンナ…「東京に住むアイヌ」の喜びと悲しみを知っていますか

私たちは「日本の先住民族」なのです

アイヌといえば、「北海道に住んでいる」というイメージを持っている人も多いかもしれない。だが現代の日本では、首都圏をはじめ道外で暮らすアイヌも数多い。

アイヌの人々は、今の世の中を、自分たちのアイデンティティをどんなふうに見ているのか。TBSラジオ記者で、彼らを長年取材する崎山敏也氏によるルポ。

まるで「習い事」のようだった

「10歳までは、北海道の釧路に住んでました。親の離婚の関係で、母親が5人の子供を連れて、東京に出てきたんです。祖母たちが先に東京に出てきて仕事をしていたんで、それを頼ってね…」

川崎市の専修大学生田キャンパス。2017年12月、文学部の授業「多文化社会と共生」のゲストスピーカーとして、宇佐照代さんは呼ばれました。宇佐さんは岡田紅理子講師の質問に答える形で、50人ほどの学生たちへ話し始めました。

宇佐さんは東京に暮らすアイヌの女性です。都内でアイヌ料理を出す店を経営し、歌や踊り、刺繍などアイヌ民族の文化を伝える活動もしています。

宇佐さん(右奥)と岡田講師(筆者撮影)

授業ではまず岡田講師が、日本の先住民族であるアイヌが和人(アイヌ以外の日本人)と出会い、明治時代に近代国家としての日本に組み込まれ、現在に至るまでの歴史を説明しました。

そして、アイヌ語の短編アニメ『七五郎沢の狐』を上映。主人公「狐の神(カムイ)」の声を担当するのは宇佐さんです。「まだまだアイヌ語は勉強中」という宇佐さんですが、日本語とは全く違うアイヌ語の響きが教室の中に流れました。

「母は小さい頃から働いていて、学校にもろくに行けなかったんですが、東京の方が仕事もあるので、何とか子供たちを育てることができました。

祖母が元々、東京に出てきたアイヌの人たちを集めて、歌や踊りをやったり、なつかしい話をして故郷を想う会を開いたりしていたので、そこに私たち子供も混ぜてもらったものです。

一緒に出かけたり、美味しいものを食べたり、お小遣いをもらったり。でも、習い事やって楽しいな、という感覚で、民族のこと、難しい話題は子供ながらに避けていました」(宇佐さん)

 

「誇りを持って生きて」と訴えた祖母

大人になり、知人から「アイヌ語は話せないの?」「アイヌ独特の刺繍は自分でやったの?誰がやってくれたの?」と聞かれることが増え、刺繍や木彫りなど、もっとアイヌの文化を知らなくてはと思うようになった頃、宇佐さんの祖母が入院しました。

「私は祖母が入院した病院に通い続けていたんですが、ある時、祖母のお友達のおばあちゃんが来て、祖母の耳元でアイヌ語を話していたんです。

いろんな活動をしていた祖母ですが、アイヌ語が話せるというのは知らなくて、そのおばあちゃんに『アイヌ語を話せるの?』と聞いたら、『あんたのおばあちゃん、いくつだと思ってるの』と言われたんです。

その時、『そうか、アイヌとして生まれて、周りもアイヌだらけで、アイヌ語を話せないわけがないよな』ということに気付きました」

祖母がアイヌ語を話せることを知らなかったショックもありましたが、

「アイヌ関係のいろいろな活動をやって、私たちにもアイヌ文化を知ってほしいと思っていた祖母が、アイヌ語を私たちに教えなかったというのもショックでした」

宇佐さんは、祖母が亡くなる前にいろいろ聞いておかなければと、三ヵ月後に亡くなるまでの間、アイヌの文化のことや祖母のルーツを祖母に聞いたり、自分でも調べたりしました。

そして、亡くなる少し前、

「祖母は私の手をとって、『民族の誇りを持って生きていくと発表してください』と、横になったまま言ったんです。え、ここで?と思ったけど、わかったよ、と言って、祖母の手をとって『テルは民族の誇りを持って生きていくよ』と言ったら、祖母は目をつぶったまま笑ってくれたんですよ」

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