画/おおさわゆう
医療・健康・食 ライフ

栄養士・看護師と結婚した男が「しまった…」と後悔する瞬間とは

覆面ドクターのないしょ話 第2回
 
彼女にしたい、妻にしたい職業ランキングで鉄板で上位に入ってくるのが、看護師と栄養士。「面倒見がいい」「やさしい」「しっかりしている」、「料理が上手」「健康管理をしてくれる」等々、理想の妻像をイメージするのだろう。当然、外科医として働く覆面ドクターの職場にも彼女たちを伴侶とする者は多いのだが、彼らに聞いてみると、どうもいいことばかりではないようで……。

うちの嫁、栄養士なんです

「あ、どうも」

同僚の西山(仮名)先生にばったり会った。ここは東京、神楽坂にあるK兵衛という人気のラーメン屋。

「よく来るんですか?」
「ええ、ときどき」
「もう注文しました?」
「ぼくはですね。ガツンとチャーシュー麺大盛りに海苔と味玉つけました。それから餃子2枚」

――うわあ、ずいぶんがっつりだなあ。

「チャーシュー麺お待ちぃ、あとギョーザ、はいっ」

ここの店長、日に焼けて、いい具合に枯れている。西山先生がズルズルと音をたてて豪快に麺をすする。

「Ahhha~、いやー、久しぶりだなぁ。やっぱり旨いなぁ」

ひと口堪能した後、ぼそりと呟いた。

「……あの……実はですね……今日、嫁が夜勤でして……」

何やら屈託のある様子だ.。

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妻のいぬ間のラーメン?

西山先生は、バリバリの救命救急医。江口洋介……ほどかっこよくはない。彼の屈託のある様子が妙に気になり、後日、救急室のナースに聞いてみた。

「西山先生の奥さん、管理栄養士なんですよ」

とある雑誌によると、彼女にしたい職業ランキングで、1位は幼稚園の先生、2位看護師さん、3位が栄養士さんなのだそうだ。

栄養士さんが選ばれた理由は、美味しくかつ栄養バランスの整った料理を作ってくれそうだから。友人に自慢できるし、優越感を感じるから、ということらしい。管理栄養士とは、栄養、食事管理などを指導する立派な国家資格である。大雑把に言うと、病院では管理栄養士がいると患者一人当たり月に最高2600円の病院収入となるので、経営面でバカにできない値なのだ。

「若くて綺麗な奥さんです。先生より10歳も年下なんですよ。結婚前は体重が80キロ以上あって、医者なのにメタボだったんですよ、メタボ。それがね、奥さんと結婚してから、体型がどんどんすっきりしていって、10キロ以上痩せたんじゃないですか?なにしろ管理栄養士さんですからねぇ」

救急室のナースが教えてくれた。一ヵ月後、ラーメン屋K兵衛に行った。またいた!西山先生である。なぜここにいる? 家でおいしい夕ごはんが待ってるんじゃないのか?

「嫁が今日夜勤なんです」

今日もどこか屈託のある様子なのだ。西山先生の奥さんは、病院で働いているので夜勤がある。

「先生、新婚なんですって? なれ初めは?」
「合コンです。しかも通りを挟んでトイ面の病院と。へへへ、おかしいでしょ」
「ラーメン、飽きません?」
「飽きないですよ! だって、ラーメンなんて全然食べてないもの……。実はうちの嫁、管理栄養士なんですよ」
「聞きましたよ! いいですね、管理栄養士で!」
「いいと思うでしょう?」
「いいですよ、美味しくて体にいい料理作ってもらえるんだから」
「そこなんですよ。問題は!」

おとなしい西山先生が急に興奮し始めた。

 

「僕もですね、最初はいいなって思ったんです。ですがね、出てこないんですよ」
「何が?」
「ラーメンがですよ。ああ、家ではトンカツも唐揚げも出てこないんです」
「どうして?」
「僕がメタボだからです!」
「つまり、先生の健康のために、カロリーの高い食事は作ってもらえないってことですか?」
「そうなんです。だからいつもお腹空いちゃって……」

がっくりうなだれる西山先生。

「だから、嫁が夜勤のときにガッツリ食べて帰るんです」

気の毒で、慰めてあげたくなった。

「大将! ビールのグラスもう一つ! 先生、ま、ま、一杯」
「あのー、病院で食べてくることになってるんで、ビール飲むとまずいんです」
「だって奥さんは夜勤なんでしょ? 家に帰ってから飲んだって言えばいいじゃないですか」
「夜勤って言っても、当直じゃないから、今晩帰ってくるんです。それにビールにはプリン体多いし」

私の酒を断り、振り払うようにラーメンをすする西山先生。やけくそになって、焼きたてのギョーザを次々と大きな口に放り込む。まるでシャチがイワシの群れを飲み込むように。

「あー、早く来月の嫁さんのシフト出ないかなぁ」

思えば彼は独身が長かった。今まで健康に気を遣わず、好きなものを腹一杯食べて来た。そしてメタボになった。結婚した彼女のおかげで健康になれたが、好き放題には食べられなくなった。人生、一つを得るには別の一つを捨てなければならないのか……。

店を出て、去っていく西山先生の背中に声をかけた。

「またK兵衛に行きましょうよ……。奥さんが夜勤のときに」

振り返った顔にはなんとも寂しそうな苦笑いが浮かんでいた。