ライフ 週刊現代

「さらばわが友、西部邁!」友人たちが語った無念

自殺は、止めようがなかった
週刊現代 プロフィール

京都造形芸術大学教授の寺脇研氏は、西部氏と〝飲み友だち〟。映画雑誌で西部氏と鼎談連載を持っていたが、昨年9月の収録時に「この号で終わりにしたい」と終了の意思を伝えられた。

寺脇氏は、「自分の人生を終えるのは、自分の決定したタイミングで、自分の決定したやり方でやりたい」と西部氏に何度も聞かされてきたという。

「何度か引き留めたこともありましたが、『うるさい!お前たちみたいなレベルの低い奴からそんなことを言われることはない』と言って、聞く耳は持たなかった。

ただ、奥様がご存命の頃は、『妻のために生きなきゃいけない』と言っていましたし、看取るまでは自殺なんて毛頭考えていなかったと思います。

彼が死を選んだのは、やりたいことをやり尽くして、自分の人生の幕は自分で下ろしたということでしょう」(寺脇氏)

 

美空ひばりを歌いながら

'60年安保闘争のリーダーとして新左翼運動を闘った後、経済学者として活動して'86年に東大教授に就任するが、2年後には辞職。

以後は評論活動を中心に、「保守の論客」として活動してきた。米国主導のグローバリズムを批判する自らの立場を「真正保守」と呼んだ。

「戦後日本の主流だった左翼にも親米保守にも反発し、自立的かつ在野的な思想と立場を貫いた。

『西部さんのような人が本当に必要とされる時代が来ている』と私は見ていますが、きっと彼は、『俺が死んだってお前たちがやればいい。自分で切り開け』と叱りつけるはずです」(前出・澤村氏)

戦後日本を憂える西部氏は、「絶望に立つ希望」を唱え、立場を超えた議論を好んだ。親友で評論家の佐高信氏が振り返る。

「テレビ番組が夕方終わると、それから夜中の2時や3時まで議論しながら飲む。私も仕事があったので『今晩は11時までにしましょう』と言うと、その場では『わかった』と答えるんだけど、11時近くになると『あと30分位いいだろ』と新しいワインを注文する。

すごい寂しがり屋だったね。カラオケで美空ひばりの『港町十三番地』を一緒に歌ったのも懐かしい」

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昨年の秋、「佐高さん、いろいろありがとうな」と告げられたという。

「改憲派と護憲派で、私とは考え方に違いがありましたが、好き嫌いは似ていました。竹中平蔵のような言葉に体重がかかっていない連中のことは『殴ってやりたいな』と飲みながらよく話したものです。

アメリカべったりでありながら『保守』を自称する人たちのことは耐えられず、今回の自殺は覚悟の死でもあるだろうけど、『憤死』でもあったと思う」(佐高氏)

言行一致を貫き、生涯を終えた知識人は、日本の未来を黄泉からどう見つめていくだろうか。

「週刊現代」2018年2月10日号より

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