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医療・健康・食 歴史

なんだか痛そう…西郷どんの下半身はフィラリアに寄生されていた

アレがかぼちゃぐらい大きくなったそう

その大きさは「かぼちゃ」くらい

さすがは西郷どん、下半身も豪快だったのかと言うとそういう話ではない。陰嚢水腫いんのうすいしゅという病気だったのだ。

陰嚢水腫とはその名の通り陰嚢に水が溜まってしまうことである。本来であれば、身体の組織に溜まった水分はリンパ系が汲みだしてくれる。リンパ管は最終的には静脈へつながっているので、組織内の余分な水分はリンパ系から血管へと戻っていくことになるわけだ。しかし、なんらかの原因でリンパ管の閉塞や破壊が起こるとその部分に水が溜まり、水腫になってしまう。

西郷隆盛の場合、フィラリアに感染し、足の付け根である鼠径部のリンパ管が炎症を起こし閉塞。結果、陰嚢の水腫が引き起こされたと見られる。フィラリア症というと犬の病気だと思われがちだが、ヒトにも感染するのだ。

フィラリアに感染したのは島流し先での過酷な獄中生活が原因だった。西郷は島津斉彬には忠義を尽くしたものの、斉彬急逝後、藩の実権をにぎった弟の島津久光とは折り合いが悪かった。1862年、遂に沖永良部島に島流しにされてしまう。沖永良部島の牢獄は吹きさらしで衛生環境も悪く、食事もロクに与えられなかった。そこでフィラリア症に感染してしまった。

今でこそ治療薬があるため、慢性化せずに治療できるが、昔は深刻な病だった。日本人は平安時代からフィラリアに悩まされており、江戸時代に全国に広がっていったのではないかと言われている。葛飾北斎の浮世絵でも、肥大化した陰嚢を2人がかりで担いでいる絵が残されている。

 

西郷の陰嚢はカボチャ大であったと言われている。晩年は陰嚢が邪魔になって馬に乗れなくなり、駕籠に乗って移動していたという逸話まである。

西郷は西南戦争で敗戦すると仲間の介錯により自刃。そのとき首は埋められ、首のない遺体だけが残された。首がなければ、誰の遺体なのか特定するのに時間がかかりそうだが、西郷の場合はその巨大な陰嚢のおかげですぐに誰のものか分かったそうだ。(羽)

『週刊現代』2018年2月10日号より

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