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現代人の「復讐」は安易すぎる…あの国民的逸話が教えてくれること

「SNS炎上」とどう向き合えばよいか

いまから遡ること315年前の1月30日(旧暦12月14日)。

改易された赤穂藩の元筆頭家老・大石内蔵助ら47名が高家旗本・吉良上野介の邸宅に討ち入り、切腹に処せられた主君・浅野内匠頭の仇討ちを果たした。

世に言う「赤穂事件」であり、これをもとにした人形浄瑠璃や歌舞伎などの創作が「忠臣蔵」である。

もはや国民的逸話とも言えるこの300年以上前の復讐劇を、まったく別の視点から描いた小説作品が刊行された。

新田次郎文学賞作家、諸田玲子氏の最新作『森家の討ち入り』(講談社)がそれだ。大石内蔵助やその息子・主税、堀部安兵衛ら討ち入りの立役者たちはほとんど登場しない。

諸田氏は何を描きたかったのか、寄稿いただいた。

 

現代人の「復讐」は安易すぎる

江戸時代の中期まで<うわなり打>という風習があった。

本妻や先妻が、後妻や妾(めかけ)を怨み、助っ人をつのって先方の家へ乗り込んで手当たり次第に打ち壊す……というもので、きちんと日時を伝え、堂々と顔を見せ、思うぞんぶん暴れて憂さを晴らしてこれを復讐に代えるのだから、むしろ微笑ましく健康的ともいえる。

当時の復讐といえば「敵討ち」である。これもきちんとルールにのっとって行われていた。まず「これこれの事情で敵討ちをします」という届け出をしなければならないし、許可状を得て出奔すれば、敵討ちを成し遂げるまで途中で止めることは許されない。

山本周五郎作品のひとつに、敵討ちをする羽目におちいったものの怖くて仇から逃げまわる滑稽な侍の話があるが、敵討ちは真剣勝負、仕掛けるほうも命がけだったのだ。<復讐>という行為がどれほどの重さをもっているか。安易に他人を傷つけ、真偽すら問わないままに悪意を増幅させる現代人をみたら、古の人々は眉をつりあげて「卑怯者ッ」と一喝するにちがいない。

復讐といえば真っ先に思い浮かぶのは忠臣蔵だ。たったひとりの老人の首を四十七士で討ち取るというのはいかがなものか……たしかに疑問もあるし、一種のテロだといわれればうなずかざるを得ないけれど、少なくとも赤穂浪士たちは、主君の復讐を成し遂げるために己のすべてを投げ出した。

忠臣蔵のワンシーン1962年に放映された「忠臣蔵」のワンシーン。浅野内匠頭役は加山雄三 photo by gettyimages

暗殺ではなく正々堂々と名乗りをあげて戦い、潔く命を棄てたという点からいえば、卑怯者のそしりだけは免れると思う。しかも喧嘩両成敗という掟があった時代にそれが為されず、主君が不当に切腹させられてお家取り潰しとなったがための義挙でもあった。

凛々しさ・潔さ・真正直さといった日本古来の美徳が裏づけになっているからこそ、討ち入りという凄惨な復讐劇が今も人気を博しているのだ。

マイナーな赤穂浪士の生き様を追う

12月初旬に刊行された拙著『森家の討ち入り』は、赤穂浪士の中の三人、あまりメジャーではない神崎与五郎・茅野和助・横川勘平がなぜ討ち入りに加わったか、その謎に迫る小説である。三人は赤穂に仕官する前、隣国の津山森家の家臣だった。森家は赤穂事件の5年前に、ある災難により改易となっている。

詳しい経緯は本をお読みいただくとして、キーワードのひとつは(五代将軍・徳川綱吉が発布した「生類憐みの令」によって生まれた)<お犬さま>である。その裏には時の幕府の策動があった。奇しくも津山森家と赤穂浅野家が相次いでお取り潰しとなったわけで、いずれにも<幕府による民意の操作>を匂わせる気配が感じられる。