Photo by iStock
メディア・マスコミ

竹野内豊主演でドラマ化『ミッドナイトジャーナル』はここがスゴイ

警察組織と新聞記者のリアルが描かれる

新聞記者なら誰もが真実を知りたい、スクープを物にしたいという思いは強い。だが、ライバルは他紙の記者だけではなく、同じ組織に属する同僚記者や上司さえもが敵となり足を引っ張る。また社内での出世争いや、本社と支局の縄張り争い。さらには権威主義とメンツにこだわる警察組織の現実の姿が、事件を追う現場の記者の視点で次々に展開されていく、それが小説『ミッドナイトジャーナル』だ。

この作品は、産経新聞、サンケイスポーツで20年の記者経験をした作家の本城雅人氏が、19冊目で初めて一般紙の社会部記者を主人公に書いたエンターテイメント作品だ。同作は今春、竹野内豊主演のドラマ化が決定したhttp://www.tv-tokyo.co.jp/midnight_journal/)。

本書で第38回吉川英治文文学新人賞を受賞した後の挨拶で、本城氏は本書への思いをこう述べている。

「自分の知っている記者像や精神のすべてを登場人物にぶつけてみようと思い、地方支局でのサツ回りの経験、取材現場の緊張感、周りにいた優秀な先輩、抜かれた悔しさ―それらの経験を一度ノートに書き出し思い出し、時間をかけて物語を練っていきました。描き終えた瞬間は、もう二度と新聞記者の物語は書くことができないのではと思ったほどでした―」。

幼女誘拐殺害事件で大誤報を打ち、中央新聞社会部の警視庁担当から地方支局に飛ばされた辣腕記者の関口豪太郎。7年後、埼玉県東部で再び発生した幼女誘拐未遂事件で、犯人は二人という目撃証言から、7年前の事件との関連性を疑う。

当時、犯人は二人との情報を得ながら追求しなかった事への悔恨。もしあの時の一人がまた事件を起こしていたら――。豪太郎は当時の部下の記者たちと目撃者を探し、掴んだネタを夜回りで刑事にぶつける。そして一歩、一歩事実を探りあてていく。

物語の骨格

一方、いま大きな社会事件として注目されている、電通社員やNHK記者の過重な労働時間の問題。作中の、夜討ち朝駆け取材が続く現場の新聞記者、また印刷間際まで差し替え見出し付け作業をする整理部記者の「時間」に、読者は改めて驚かされるはずだ。

さらにネット環境の進化に伴い、ニュースはネットで見る時代にもなるなか、豪太郎は新聞にスクープは必要か。新聞記者は必要なのかと自答する。そして自分はジャーナリストではなく“ジャーナル”なのだという。

「ジャーナリストのように時間をかけて相手の懐に深く入り込んですべてを聞き出すことも大事だけど、俺たちには締め切りがあって、毎日紙面も作らなければいけない。今日はネタがありませんと言って白紙の新聞を出すことはいかないからな。<時間をかけず>かつ<正確に>と相反する要素が求められる」。

父親が口癖で言っていた「真実は真夜中に出てくる」というジャーナルの魂を刻み込んだ豪太郎は、執拗な取材で7年前の事件の犯人に近づいていく。

「なんだと、生きてるだと?」

隣から外山が声を上げた。さらに外山は体の向きを変え整理部に叫んだ。

「おい、大変だ。遺体発見は消しだ。女児は生きていた。今すぐ輪転機を止めろ!」。

「もう遅いですよ。トラックは行っちゃっていますよ」。

関口豪太郎を演じる竹野内豊さん

入社8年目の関口豪太郎、5年目の藤瀬祐里、4年目のマツパクこと松本博史の3人は中央新聞社会部の警視庁捜査一課担当記者だ。警視庁捜査一課は殺人、強盗、暴行など凶悪犯罪を扱う部署である。3人は3カ月前から東京、神奈川で起きた連続女児誘拐殺害事件を追っていた。

行方不明になった女児3人のうち2人は遺体で発見されたが、藤沢の小学校5年生、清川愛梨はまだ行方が掴めず、中島のアジトに連れ込まれたと見られていた。容疑者の自供から山小屋のアジトを発見し現場にはショベルカーが出ていた。取材から一度社に戻った豪太郎は夕刊のゲラを見て驚く。

「不明女児、遺体発見か」。

 

デスクの外山義柾は、ショベルカーが現場に出たことなどで、すでに殺されていると判断したのだ。豪太郎は容疑者が逮捕直後に共犯者がいると仄めかしたことを記事に書いた。

二人の犯行ならもう一人はアジトに潜んでいる可能性があると考え、女児の生死に関する記述は避けたかった。そう思った直後だった。山小屋の中に入った捜査員に女児は抱き抱えられて出てきたのである。女児は生きていた。中央新聞の大誤報だったのである。

新メディア「現代新書」OPEN!