オリンピック 野球

星野仙一さんが亡くなる前まで力を注いでいた「ある活動」

二宮清純が最後に直接聞いたこと

「上から目線」を嫌った

さる1月4日、東北楽天ゴールデンイーグルスの星野仙一球団副会長がすい臓がんのため亡くなりました。まだ70歳でした。

星野さんに最後にインタビューしたのは2015年の4月です。テーマはパラスポーツについてでした。

というのも星野さんはパラスポーツに理解が深く、ご自身も「星野仙一杯争奪西日本肢体不自由ティーボール交歓大会」を主催していたからです。

 

それについて星野さんは、こう語っていました。

「僕もコーチングをしたんですが、なかなかバットに当たらない。そこから練習をし、ボールに当てることができた時の彼らの笑顔が忘れられません。感情がブワッと出てくるんです。

それまであまり感情を表に出さなかった子どもが『ウワーッ! 当たったァ』と喜ぶのを見て、僕はとても嬉しくなりました。『これをもっとやりましょう』と関係者と話したんです。

施設の屋上に練習場を作り、最初は自分たちだけでやっていたんですよ。それが高松の養護施設でもやるようになり、試合をするようになった。そのうち勝った負けたが出てくる。僕は子どもたちに言うんですよ。『“いい試合をした”ではダメだよ。勝ちを意識しような』と」

ともするとパラスポーツに対しては「感動をありがとう」といった情緒的な記事が多く見受けられますが、星野さんは「みんな仲良く手をつなごうではダメだ」と語っていました。

「そもそもパラリンピアンや障がい者スポーツの選手に対して『感動をくれてありがとう!』なんて言葉は、“上から目線”なんですよ。『あそこまで行ったらなんで勝たなかったの!』『次の大会は!』とか、そういうゲキの方が彼らのモチベーションを高めることに役立つ。僕はそういう考えをしているんです」

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