格差・貧困

月収10万円に転落しても、郵便局員を辞めてタイへと渡った男の事情

【ルポ】寂しき日本人たち➀

イチからやり直す気力はない

七三分けの髪形に細い目、ひょろりとした体格。一見気弱そうに見えるが、それでいて自分を主張する彼の、次のような言葉が印象に残っている。

「心の優しい人は今の日本社会ではうつ病になる」

妙な説得力を感じた。恐らく、正しいことを言っているのだろう。それほどまでに日本社会は病んでいるように、私にも感じられた。

今から4年半前、タイの首都バンコクのとあるコンドミニアムで、本田直樹(仮名、43歳)に取材をした時のことだ。彼とは、バンコクにあるコールセンターの取材を通して出会った。

その実態は『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』にまとめたが、そこは日本から掛かってくる電話をひたすら受け続ける職場で、働いているオペレーターの大半はもう若くはない、30代半ばの日本人男女だった。

非正規労働者、いじめ、借金苦、風俗嬢、LGBT(性的少数者)……、様々な過去をくぐり抜けて皆、そこへたどり着いたのだ。

 

なかでも本田は私と同世代だったためか、あるいはおっとりした性格からか、いつしか彼に親近感を覚えていた。地元山形県に購入した自宅ローンの支払いに行き詰まり、タイ人妻と息子と3人で半ば夜逃げする形でタイへ渡った経緯も、他人事には思えなかった。

半ば夜逃げする形でタイへと渡ってきた本田氏(筆者撮影)

私自身、フィリピンを拠点にフリーランスの物書きとして仕事をしているが、いつ何時、転落するとも知れぬ不安定な立場にいるからだ。

私はコンドミニアムの入り口で、本田の話に耳を傾けていた。

「日本に対してはまず家族への思いがあります。1つは親不孝ということ。この年にもなって親に心配をかけている。自分1人のことも満足にできない。そういう意味では非常に申し訳ない」

忸怩たる思いを募らせてはいるが、日本に帰国する気はないときっぱり言う。

日本に帰ってもまたイチからやり直しでしょ? そんな気力が果たしてあるのかな。今はタイで少しずつ、人並みの暮らしができつつある中で、またイチからやり直すことにどれだけの意味があるのか。正直、そんな気力はありません」

ここにも1人、母国に帰ることができなくなった日本人がいた。 日本からは見えない、在留邦人社会の影。フィリピンパブで出会った若い女性を追い掛け、無一文になった「困窮邦人」を皮切りに、私はアジアにおける陽の当たらない場所を描き続けてきた。なぜなら、そこにこそ伝えるべき日本社会の姿が浮かび上がってくるからである。

ある人は言う。

「そうなってしまったのはお前の責任だろ」

だが、コールセンターに数百人という日本人が集まっている現状を目の当たりにした私からすれば、彼らが全員、自己責任の結果そのような境遇に陥った、と言い切るのはあまりにも冷徹すぎるように思える。

そうした人々を切り捨てなければならない日本社会に問題はないのだろうか。広がる格差や昨今の労働環境問題もさることながら、「負け組」が排除されがちな、日本社会に漂うどんよりした空気感こそが、生きづらさを増長させているのではないか。それがコールセンターで働く日本人たちを、母国から追い出しているような気がしてならないのである。

新生・ブルーバックス誕生!