オリンピック

聴覚障がいアスリートがパラリンピックに参加しない「複雑な事情」

「デフリンピック」をご存じですか
河野 正一郎 プロフィール

交わらない3つの理由

背景の一つに、デフ・アスリートによる独自の大会が古くから発展していたことがある。それが、前に触れた「デフリンピック」だ。

デフリンピックが最初に開かれたのは1924年のパリ大会。ろう者スポーツ委は、デフリンピックの運営自体をろう者自身が行う自立的な組織として、ほかの障がい者のスポーツ組織とは一線を画して発展してきた。

だから、国際組織としてのろう者スポーツ委には「デフのことはデフにしか理解できない」という考えが根深くある。このため、デフリンピックの運営は、第1回から一世紀が経とうとしているいまも、デフ自身が担う「デフ運営主義」が貫かれている。

二つ目はコミュニケーションの壁だ。筑波技術短期大学聴覚部の及川力教授(当時)は、日本スポーツ教育学会の機関誌(スポーツ教育学研究1998 vol.18)で、「手話通訳経費を負担するのは健聴者側であるべきという考えがパラ組織委に理解されず、不信感を募らせていた」と指摘している。

実際、パラ組織委の会議の場では、手話通訳者がいたとはいえ、ろう者スポーツ委の代表はほかの代表などの発言をすぐに理解できず、議事に追いつけないことが頻繁に起きた。このため、デフ側は「健聴者に大会運営の主導権をとられるのではないか」という疑念が膨らんだのだという。

 

三つ目の理由として、デフ・アスリートと、そうではない障がいがあるアスリートの間に存在する身体的能力の差がパラ組織委とろう者スポーツ委の溝につながっていったことが挙げられる。

デフ・アスリートの中には、陸上など個人競技の場合は健常者と交わって一般の五輪で競う者もいる。前出の及川教授の論文も「聴覚障がいアスリートは通常の五輪でのメダル獲得者がいるなど、身体的には障がい者ではないので、パラ大会に対して魅力を感じるとは思えない」とも指摘している。

一方で、バレーボールなどのように試合中の声によるコミュニケーションが欠かせない団体競技では、健聴者とデフのチームでは実力差が大きい。デフチームが通常の五輪に出場し勝つことはまず不可能だ。

このように、デフと他の障がい者団体の間には、運営団体間の感情的なしこりがあるのだろう。さらにデフ内部でも、通常の五輪で戦える可能性がある個人競技と、健聴者と実力差がある団体競技とでは「パラに参加したい」という思いに温度差がある。

しかし、人との違いを「個性」とみなし、違いを乗り越えることが、パラリンピックの意義なのではないか。そうであれば、パラリンピックにデフ種目があるほうが自然であるように思える。

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