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上野千鶴子が問う、「銃後史ノート」に学ぶ女たちの戦争責任

女たちは、人口戦において戦士だった
上野 千鶴子 プロフィール
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他にも小園優子『「紀元二六〇〇年」と教育改革』(復刊3号)では、戦争を準備するために権力が最初に手をつけるのは国民洗脳装置である教育だという指摘があったが、そういえば第一次安倍政権が達成したとする政策も、教育基本法の改悪だった。

鶴丸幸代『戦争の落し子たち』(復刊7号)は、占領軍兵士と日本人女性とのあいだに生まれた子どもたちはどこへ行ったのか?と問う。視点を変えれば、日本人男性がフィリピンやインドネシアで置き去りにしてきた母や子たちはどうなったのか、という問いに向き合わざるをえない。

戦争に行くことに「NO」と言える子を

……というわけで、半世紀前にそのまた半世紀前の日本について書かれたことがらは、今の日本についてもおそろしいほど当てはまる。いまは「戦後」なのか、それとももしかしたら新たな「戦前」なのか? 加納さんが「戦争は、戦争の顔をしてやってこない」と発言したのが印象的だった。

20代の福田さんはのっけから若者ことばで、「こんな世の中にしてくれちゃってどうしてくれんのよ」と年長世代にチャレンジ。30代の小林さんと40代の川上さんはどちらも子育て中。自分が育てている子どもにどんな世の中を手渡すか、責任を感じないわけにいかない、と述懐した。

3人とも「銃後史」ということばを知らなかったし、今回こんなふうにお声がかからなければこの先も一生『銃後史ノート』を読むことがなかっただろう、とカルチャーショックを受けたようだ。

カルチャーショックは「祖母世代」にもあった。70代以上の参加者は、今回川上未映子さんの小説や小林エリカさんのマンガを初めて読んで、ファンになったという。川上さんは『乳と卵』で芥川賞を受賞した詩人・作家。小林さんはマダム・キュリーの放射能発見からラジウム半減期の1600年を射程に入れた歴史意識の持ち主だ。 

『銃後史ノート』刊行の辞には、こうもある。

「生き残った“銃後”の女たちと、生き残った銃後の女たちから育った私たちの対話の場として」本書を創刊すると。その「銃後の女たちから育った女たち」がすでに孫を持つ年齢になっているのだ。このイベントは、祖母、母、娘、孫の世代が異文化遭遇する貴重な機会となった。

むらきさんが『銃後史ノート』を始めた動機は、「戦争に行くことにノーを言える息子になってもらいたい」というもの。だが他方で海外派兵される自衛官の夫に、何も言えない妻たちもいる。

最後にWANミニコミ図書館のメンバーのひとりである83歳の米田佐代子さんが挨拶に立った。地震、津波、原発事故、そして集団的自衛権、9条改憲……もっと早くに死んでいれば見ることも聞くこともなかったのに、と嘆きながらも、「孫世代」との出会いのなかから、「もう少し生きてみよう」としめくくられた。

次の世代にどんな世の中を手渡すか? その責任を胸に、参加者ひとりひとりが帰路につく集会となった。

冗談では済まない状態になっている米朝問題 Photo by iStock

核兵器をもてあそぶ「ならず者国家」と、それを挑発する軽薄な大統領をいただいた超大国とのあいだで、偶発的な衝突から「朝鮮半島有事」が起きるかもしれない今日、「銃後の女」の運命と責任は他人事とはいえない。

ましてや戦前と違って今の女たちは、参政権(自分の運命を自分で決めることのできる他人に譲り渡すことのできない至高の権利のこと)を有した主権者たちなのだ。そのうえ、ハイテク戦争に「男女共同参画」するかもしれない状況にある。

今回のイベント「ミニコミに学ぶ」のテーマが「こうして戦争は始まる」だったことは、偶然ではない。


WAN ミニコミ図書館「銃後の女たち」
WAN ミニコミ図書館より
「銃後史ノート」は上野千鶴子さんが理事長をつとめるNPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)で作成している「ミニコミ図書館」に所蔵を交渉中のミニコミ誌。著作権者の同意を得た論文だけを、今回のイベント用にPDFで同サイトにアップすることができた。アップできた銃後史ノートPDFはこちらからダウンロードが可能。なお、「ミニコミ図書館」ではほかにも多くの生の資料を無料で読むことができる。
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