不正・事件・犯罪 読書人の雑誌「本」

元山一證券社員たちの心を20年間支え続けた「魂の言葉」

元社員、102人に聞いた
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胸を突かれたある養成工の言葉

名言、名句よりも、職人やサラリーマンの言葉に惹かれる。社会部記者出身ということもあるのだろうが、役所の廊下、電柱の陰、深夜のしもたや、工場の寮、企業城下町の片隅−そこで聞いた言葉が虚飾をはぎ取ったものであるとき、しばしば私は胸を衝かれた。例えば、トヨタ自動車の生産ラインを支えた古い養成工は、こんなことを言う。

「指が一本吹っ飛べば、その時、反省が動く。安全装置が一つ一つできる。指一本が次の世代に長く続く安全を作った」

その養成工の妻は、「(会社は)働かす、働かす。そりゃあ厳しい。奴隷化だったね」と振り返る。

「そういう時代の人たちは夫を含めて、みんな礎だったと思いますね。そんな無名の人たちの下積みが今のトヨタを、そして今の日本を作ってきたんだろうと思いますね」

刃物のような言葉を、ごく自然に語ることのできる人間が市井にはいる。いつか、そうした言葉を詞集のような形で残したいと考えていた。特に、山一證券の破綻劇を取材して、その思いを強くした。私は20年前、山一破綻に出くわしたことがきっかけで、元社員たちに取材を重ねてきた。そこでこんな言葉を聞く。

「会社の評価など、人生のある時期に、ある組織の、ある人たちによって下されたものに過ぎない」。これは山一の元常務・嘉本隆正氏の感慨である。

なぜ、あなたは山一の清算活動を買って出たのですか、という質問に、元清算業務センター長の菊野晋次氏は次のように答えている。

「自分の母親の介護だったらどうですかな。損か得かはあまり考えず、子供たちの誰かがやるでしょう。どの会社も最期は誰かが看取ってきたんじゃ。どんなサラリーマンにも、そんな気持ちは眠っているんですなあ」

そうした二人の話を、『しんがり 山一證券 最後の12人』に盛り込んで4年が過ぎた。ところが、昨年、その菊野氏から清算作業の日々を綴ったノートを託されたことで、私はモトヤマ(元山一社員)を題材に、サラリーマンの再起の物語を描こうと思い始めた。ちょうど破綻から20年の節目を翌年に控えていた。

その事情は、新著の『空あかり 山一證券”しんがり”百人の言葉』に記したのでご一読いただきたいのだが、編集者は「それ(を書くの)はお勧めしません」と私に告げた。急ぐべき仕事が他にあるではないかという。

私はむっとして、愛読書の『まことに残念ですが…』を開いた。これは編集者の石頭を呪いたくなる夜に開く本である。ヘミングウェイやパール・バック、クリスティーでさえも、節穴の編集者によって一度は原稿を突き返されているのだ。

しかし、気の多い書き手の無能を棚に置いて、編集者を呪ったり唸ったりしていても始まらないので、私は長年の念願だった話を持ち出した。

「元山一社員の再起の言葉集を作りたい。それも百人の詞集だ。だから書名は『再起百人』にしたい」。そう宣言すると、どうしたことか、編集者はそれなら取材事務局を社内に作って支援すると言い出した。それで私は引けなくなってしまった。

毎日、2、3人に長時間取材をすると、しまいに昼酒でも飲んだような朦朧とした気分になる。人に酔うのだ。一人ひとりの人生が濃密で重い。

当初はモトヤマがこの20年間に支えられた再起の言葉を冒頭に記し、それぞれ2ページほどの物語を付けるつもりだったのだが、そんな枠内におさまらない人が続出した。

20年の時を経て、ようやく証券会社の宿痾や憤激を語る人もいた。それに、彼らの多くが破綻の後も、新たな職場でリストラや不正、不運、病気に直面しており、「それでも同情はされたくない」と打ち明けられると、胸がいっぱいになった。

「人酔い」の末に本が出来あがってみると、取材対象者は目標を超え、102人の物語になった。ノーベル賞作家、スベトラーナ・アレクシエービッチは〈大勢の人によって語られることはすでに歴史です〉と書いた。

これがサラリーマンの歴史と言い得るのかどうかは分からないが、モトヤマと石頭編集者に導かれて、血の通う記録は編むことができたような気がする。

読書人の雑誌「本」2017年12月号より

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