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作家・樋口毅宏の問題作『アクシデント・レポート』を試し読み

「日本の何もかもを叩き込んだ」

気鋭の小説家・樋口毅宏氏が5年もの歳月をかけてこの世に送り出した小説『アクシデント・レポート』。日航ジャンボ機墜落事故、オウム真理教事件、原発・沖縄問題など、「日本の何もかも叩き込んだ」(樋口氏談)だけあって、普段小説をあまり読まない方でもドキュメンタリーやノンフィクションを読むような感覚でぐいぐい引き込まれる名作だ。現代ビジネスでその一部を試し読み。

(樋口毅宏氏自らによる出版後日談はこちら →http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53922)

公安警察の独白

警視庁公安部公安課に二十五年間、勤務していました。公安(ハム)といえば、古い世代からすると過激派を取り締まるイメージが強いかと思います。しかし私が入ったときにはとうに学生運動は終わっていましたので、古参の連中から折りにふれ当時の武勇伝を聞かされて、うんざりしたものです。やれ安田講堂がバリケード封鎖される前日に委員会の動きを掴んでいたのは俺だとか、樺美智子に縄目の恥を与えたのは自分だとか、こう言っては失礼だが年寄りほど吹聴していました。私の世代では、日本列島を震撼させるような、騒擾(そうじょう)と呼ぶべき大事件はありませんでした。一九九五年を迎えるまでは。

地下鉄サリン事件があった年は、言うまでもなくオウムを担当していました。あの年は忙しすぎて、家に帰って眠れた日は数えるほどしかなかった。それまで捜査の対象として、テロリスト、政治犯、カルト宗教団体、市民運動家、日本共産党といった面々の情報収集や内偵に当たってきましたが、とても同じ範疇に収まるものではなかった。

守備範囲が広いと思いますか? この国にはKGBやCIAのような諜報機関が表向き存在しないため、自分たちが日本の治安を維持しているという矜持が、私にも公安にもありました。

 

オウムの一連の騒動以降は、「反体制勢力が破壊的な活動を起こさぬよう、もっと早い段階から警察が介入すべきだ」という世論が高まったため、私たちの仕事は増えるばかりだった。加えて大衆は破防法の拡大適用を望んだ。「悪そうな奴らは牢獄にぶち込んでおけ」という発想です。その中に自分たちは入らないのでしょうな。

国民の要望に応えようと、こちらの戦術も以前より多様、かつ複雑化しました。ヒューミント、CR作戦、転び公妨をはじめとした別件逮捕など。容疑は何でもいい。言いがかりを付けたモノ勝ちですから。背任だろうと、偽計業務妨害だろうと、何なら痴漢や万引きでも構わない。昨今はむしろ後者のほうが、社会的抹殺を図るのに効果的かもしれません。

「あの男は政府のやり方を強く非難していたけれど、実は反社会的な行為を働いていました」とアナウンスすれば、私が言うのもアレですけど、御上やマスメディアに対する依存率の高い日本人は、「なんだ、本当は悪い奴だったのか」と、簡単にだまされてくれます。罪のない善人を一夜にして凶悪な犯罪者に仕立て上げることに関しては、この国で公安と検察に並び立つものはいません。証拠不十分の容疑者はマスコミにリークして世間を煽ってから逮捕すればいい。手垢の付いたやり口です。自分たちの力で捕まえることができないときは、そうやってマスコミの力を利用すればいい。和歌山の毒入りカレーとか木嶋某とか、本当は無実ですよ。断言できます。

新聞社やテレビ局の記者は警視庁クラブ、べったりですから、こちらが発表した会見を一字一句間違えることなく文字に起こしてくれます。週刊誌には、ホシは風俗通いをしていたとか複数の借金があったようだとか、いかにもな情報を与えてやれば、ろくな追加取材もなしで活字にします。連中を手なずけるのはそれほど難しいことではなかった。現在も同じような状況ではないでしょうか。

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