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「エホバの証人の活動のなかで、最もつらかったこと」元信者が告白

私がこの漫画を描いた理由【後編】
いしいさや
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考えるきっかけになれば…

エホバの証人を信じていても、洗礼〈バプテスマ〉の儀式を受けるまでは、聖書を研究している「研究生」と呼ばれます。母が研究生になったのは、私が幼稚園の頃で、洗礼を受けたのは私が小学5年生の頃でした。私自身は、納得してから良いという理由で、バプステマは受けていないんです。

父は信者ではなく、母が信者になるのを止めなかった。母が私を集会や勧誘に連れ出すのを見ても、何も言わなかった。母親に縛られる「毒親問題」には、父親の無関心がある事が多い。そのあたりも似ているのかと思います。

じつは、私の祖父母もエホバの証人と別の新興宗教に入信していて、母も二世だったんです。

 

それも、母がエホバの証人に入信した理由の一つだったんだと思います。母が祖母にエホバの証人の研究生になったことを報告したら、勘当されたそうです。ただし祖父は、私のことを心配し、その後に態度を緩め、我が家に来るようになりました。

子どもの頃の私を、唯一助けてくれようとしたのはそんな祖父でした。本当は奉仕活動をしなきゃいけない休みの日をあえて狙って私を連れ出してくれたりして。だからこそ、祖父の葬儀で、エホバの証人の教えのせいでお焼香もあげられなかったのは辛かった。

「しちゃダメ」ではなくて、「自分の意思でしないよね?」と言われているので、自分で選んでお焼香しないことになる。本当に悲しかった。荼毘に付されている煙を見ながら、心の中で「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えました。

私がこの漫画を描いたのは、決して信仰の自由やエホバの証人を否定したいわけではありません。菜食主義や政治思想などと同様に、各人がどういう主義でどういう生活をするのも自由だと思います。

ただしその家に生まれ、その生活を強制された子は、それが「普通」になってしまうということです。子どもは、親も家庭での生活も選べませんから。

そしてその子は、世間の「普通」とのずれを認識したときに、多かれ少なかれ戸惑いや孤独を感じることもあるということを知ってもらいたかったのです。

漫画を読んでいただくのは本当に嬉しい。でも、読む人にとっては辛い話だと思うんです。自分の環境に当てはめて、共感しすぎたり、過度な不安を抱えてしまったり。だから、読める人だけ読んでほしい。

宗教の自由は認められるべきだと思うのですが、子供にそれを強制することには、考えなければいけない問題があるのではないかと思っています。この漫画を読んでくださった人が考えるきっかけになればと思っています。

(前編はこちらから→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54011

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