不正・事件・犯罪

「フィクサー」と呼ばれた許永中氏が突然テレビに出演した背景

イトマン事件から27年。なぜいま…

3000億円が闇に消えた…?

バブル経済史、戦後事件史を語るうえで欠かせない在日韓国人実業家の許永中氏が、テレビに初登場し、バブル時代を振り返った。

26日に放送された『ガイアの夜明け』(テレビ東京)――。「追跡!マネーの“魔力”」というタイトルでバブルの現場を追跡する番組の冒頭に登場したが、政官財の要人を魅了する「人たらし」の話術は健在だった。

ただ、時は確実に刻まれていた。180センチ100キロを超えた巨躯は、一回りは小さくなった印象で、柔和な表情の裏に潜ませていた眼光の鋭さは、伺えなかった。

 

印象的だったのは、「最強の仕事師」「闇社会の代理人」「財界フィクサー」など、さまざまな造語で語られた許氏が、バブル時代を昨日のように感じていることだった。

「43歳で、私は今でも(時間が)止まっているんです。頭の中が止まっているんです。私のなかでは、43歳のあの事件で、私の体内時計は止まっているんですよ」

あの事件とは、許氏の名を永遠に留めるだろう27年前のイトマン事件である。逮捕起訴され、保釈中の海外逃亡も含め、許氏は長い社会不在を余儀なくされ、13年9月、韓国の刑務所を保釈で出て、今は、韓国で実業家として復帰している。

当時、私は大阪地検特捜部の捜査が、刻一刻と進み、検察とマスコミが一体となって、特別背任に問われて逮捕されるイトマン社長の河村良彦氏、元常務の伊藤寿永光氏ともに許氏を追い詰めていた時、許氏への取材を重ねていた。つまり被疑者のサイドから事件を追った。

本人に密着したのはもちろん、生まれ故郷の大阪・中津で生家の周辺を歩き、友人知人を訪ね、恩師や家族、そして「在日」や「同和」の関係者と出会って被差別をバネにした許氏の世界を知り、そこを起点に食い込んでいた暴力団関係者などから許永中という人物像を聞いた。

その過程を経てわかったことがある。

イトマン事件は、「3000億円が闇に消えた戦後最大の経済事件」と、伝えられている。だが、3000億円を流し込む「闇」などないということだ。

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