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企業・経営 ライフ 週刊現代

資産数百億円!日本の「新しい大金持ち」が明かす本音とカネの使い道

カネの遣い方も昔とガラリと変わった
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「失われた20年」と言われて久しいが、そんな中でも莫大な資産を築いた経営者たちがいる。滅多に聞こえてこない肉声を一挙公開。成功を収めた人たちが語る「恍惚と不安」とは――。

「婚活サイト」で億万長者

「IT企業の社長というと、六本木に会社を置いて、芸能人と華やかな交流があり、派手に遊んでいるというイメージがありますけど、この10年で時代は変わりました。

上場企業の社長を務めていますが、昼はコンビニ飯ですし、時計もつけませんし、車も持っていません。今の30代後半の経営者は、派手な暮らしがかっこいいとは思っていない気がします」

こう話すのは、IT企業じげん社長の平尾丈氏(35歳)。保有資産は時価総額で600億円を超える。

慶應大学在学中から事業を手がけ、卒業後はリクルートに就職。驚異的な成績を収め、20代の平均年収を大幅に上回る年収を得ていたという。

「在職中に父親が53歳で亡くなったんです。健康オタクでタバコも吸わなかったのに、肺がんで。父親が亡くなる年齢までに何ができるのかを考えると、あまり時間がないことに気づいたんです」

'06年にリクルートに在籍しながら、じげん創業に参画し、'08年に完全独立。求人や不動産などの情報を一括検索できるサイトを展開する。

「今後は日本のウェブサービスを海外に持っていくことも考えています。日本のサービスは過剰になりがちです。でもそれがグローバルでも流行るのではないかと思っています」(平尾氏)

 

ほんの10年前まで、大金持ちはもっと派手だった。ところが最近の大金持ちはそうではないらしい。

本誌は'08年以降に新しく巨万の富を築いた経営者100人を調査。該当者に取材申請を行ったところ、22名が取材に応じた。

一風変わったビジネスを成功させ、日本の少子化対策に一役買っているのが、元興銀マンで「婚活サイト」を運営するIBJ社長の石坂茂氏(46歳)だ。

「興銀の居心地はよかったんですが、'99年頃からネットで新しい事業が始まっていて、外の世界を見たくなったんです。今では国家的問題となっている少子高齢化がいずれ浮き彫りになると当時から感じていました。

もちろん、当初は結婚紹介事業が少子高齢化対策だなんて言えるレベルではありませんでしたが、社会的意義は見出せると思ったんです。

たんなる出会い系サイトとしてしか見られなかった時代も長く、辛かった時もありましたが、今やうちのサービスから今年だけで5000組近くのカップルが結婚しています。

結婚しているカップルは2人程度の子供を産むと言われています。単純計算で1万人くらいの命の誕生に寄与していることになりますね」

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FFRI社長の鵜飼裕司氏(44歳)は事業を通じて、国家の安全保障の一端を担っている自負がある。

「私は元々北米の会社でサイバーセキュリティに関する技術の研究開発をしていたエンジニアでした。

起業した'07年当時、日本でもサイバーセキュリティ関連の会社が出てきてはいましたが、北米の商品を輸入しているところばかり。私は日本で独自技術を研究開発しなければならないと強く感じていたんです。

安全保障の観点からも国家機密を守るのに北米の会社に頼っているのでは、国のあり方として歪だという思いもありましたから。

私自身に何十億円の資産があると言われても、実感はほとんどありません。上場前と生活は変わりませんから」

ネット展開を得意とするPR会社、ベクトル社長の西江肇司氏(49歳)は、従来のPR会社への不満が起業のきっかけだった。

「大学在学中からイベントビジネスなどをやり、'93年にベクトルを設立しました。

クライアントの依頼で、あるPR会社に発注したところ、おカネを払ったのに何もしてくれず、自分たちでPRしなくてはならない状態に。PRをしてみて、今後広がるビジネスだと思い、全面的にPR事業に切り替えました。

当初はリゾート地の高級ホテルに泊まり、プライベートビーチでのんびり過ごすということをやってみましたが、上場前に体調を崩したこともあり、趣味はおカネのかからないサーフィンに落ち着きました。

おカネを稼いでも誰も褒めてくれません。私は『栄光』を狙って、上場を決断。'12年に実現させたら周囲から『おめでとう』と言われたんです。上場って面白いなって思いましたね」

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