なぜ人工知能を怖がるのか

人工知能が今まで人間の労働者が担ってきた労務を代替したり、極端な場合は雇用自体を奪ってしまったりという恐れに対して、多くの人が危機感を持っています。

今やメディアで人工知能の記事を目にしない日はありませんし、個人的に友人・知人からも不安を打ち明けられます。新しいものに対して猜疑と警戒の目を向けるのは社会の常なので、こうした反応も無理からぬ事と思います。

私はデータサイエンスを生業とするものの端くれとして、人工知能に対する不安を払拭し、正しい理解を持って技術変化をポジティブなものとして受け入れられるよう、啓蒙活動も続けてきました。

2017年の7月にダイヤモンド社から出版した『機械脳の時代』は、こうした啓蒙活動の一貫として、ビジネスとデータサイエンスの間を行き来してきた経験をまとめたものでした。

書籍は人工知能を利用したシステムの企画・開発・運用などに携わるビジネスパーソンのための、基礎知識をまとめた専門書でした。ところが思いのほか多くの反応をいただき、大学への講演や学会での発表など、多くの機会を頂戴しました。

こうした発表の場でも、必ず質疑応答で聞かれるのが「人工知能が職を奪う」ことについてです。そもそも人工知能自体は要素技術ですから、あたかもコンピュータが意識を宿して、みなさんの雇用を奪おうとすることはありません。

この比喩的表現の実態は、技術革新についていけない人々の不安。自分の培ってきた職業的必要性が陳腐化してしまうのではないか、市場評価や賃金が下がり、最悪の場合失業してしまうのではないか、という反発です。

いたずらに不安を煽るゴシップ記事が多い中、今日この記事を読んでいる皆さんには少し冷静になって考えていただきたいことがあります。それは、実際に今皆さんがしている仕事にとって、人工知能がどの程度脅威になるのか、です。人工知能は本当にほとんどの人を失業させてしまうようなものでしょうか?

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技術が進歩して失業が増えるというなら、中世に比べてテクノロジーが飛躍的に発達した現代は失業者で溢れかえっているはずです。しかし実際にはそうはなっていません。実際に起こるのは、より労働生産性が高い産業・職種への労働移転です。

昔は日本は「瑞穂の国」と呼ばれ、人口の殆どは農業に従事していました。今では農業人口はわずか約3%で、近代化の過程でより「食える」産業の綿花・紡績産業、鉄鋼産業、電子機器産業、自動車産業などなどへと労働者が移動していったことはよく知られています。

ですから、人工知能が行う処理がいかに魔法のように見えても、労働市場で実際に起こることは、これまで何度も起こってきた技術革新と労働移転です。

・多くの画像の中から猫を見つけさせる
・なにもないところから、指示文だけでそれっぽい画像を生成させる
・重い二足歩行ロボットが重心を崩さず巧みに移動させる

など、人工知能が実現することにいかに目新しくとも、その結果の現象がよく知られたものであれば対策が打てます。皆さんは、仕事上での人工知能への対策はなんだと思われるでしょう?

国家レベルの対策、産業レベルの対策、企業レベルの対策、そして個人レベルの対策と、対策の範囲や規模には様々あるでしょう。ここでは、現代ビジネスを読んでいるビジネスパーソンの視点で考えてみましょう。

「人工知能が職を奪う」「半分以上の職が消滅する」などの不安を喚起する記事を読むのも、対策を打つべき決意を新たにする上では有用でしょう。

しかし、それらは対策そのものではありません。この寄稿文では、人工知能ができることの全体像を伴った本質的理解を得て、どのように作られているのかを知ることで、職業人として自分がとるべき舵取りに自信を持って取り組めること、を目的とし、その一助となる視点を提供したいと思います。

ここでの議論を読むことで、「人工知能が職を奪う」などの言説に自分がどのような姿勢でいればよいのか、示唆を読み取っていただきたいと思います。

これまでは「if-then型」の命令

まず、人工知能とは何なのかについてです。1956年にダートマス会議で初めて「人工知能」を研究対象としようと提唱され、学習やその他の知能の働きは詳細に記述することができ、機械でもそれを模倣できるようになるという前提で研究が開始されました。

ただ、定義についてはそれ以降、一度も定まったものができたことがありません。ざっくり言えば、従来のプログラムに対して、人工知能ができることの特徴は、個別の命令を与えなくても、複雑な処理機構を自己生成できる点にあります。

従来のプログラムは、いわばif-then型であり、「もし○○なら、○○せよ」、という命令の集合体です。

・もし電車が近づいたなら、踏切を降ろせ
・もしセーブボタンが押されたら、ファイルをハードディスクに保存せよ
・もしエアコンの電源ボタンが押されたら
・・もし今電源がONなら、電源をOFFにせよ
・・もし今電源がOFFなら、電源をONにせよ
といった具合です。

一方で、人工知能はこうしたif-then型の命令で作られる訳ではありません。機械学習、という単語を聞いたことがある方もおられるでしょう。機械学習は、人工知能を実現するための要素技術の一つです。その名称が示すとおり、「機械」自身に何かを「学習」させ、プログラムを生成するものです。