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平成時代とはなんだったのか?「組織歌」の変遷から見える実像

昭和とはこんなにも違った

十年一昔というが、平成も30年になんなんとすれば、立派な一時代である。そこで平成時代を昭和時代と比較すると、顕著な特徴がひとつ浮かび上がってくる。それは、「組織歌」の衰微である。

組織歌とは、国歌、愛国歌、国民歌、軍歌、社歌、工場歌、市歌、県歌、組合歌、労働歌、革命歌、唱歌、校歌、寮歌、宗教歌などの多種多様な組織の歌を指す。呼び方はいろいろあるが、ここでは便宜的に組織歌で統一する。

昭和には、組織のメンバーが帰属心を高めるためにみんなで同じ組織歌を歌う文化が広く存在した。組織あるところに歌あり。そういってもおかしくないほど、組織ごとに独自の歌が作られた。

試しに、筆者が所蔵する文献から組織歌を拾い集めてみると、わずか5冊で2500曲を超えた。重複や昭和以外のものなども含むので概算だが、ひとつの目安になるだろう。

この分野の音楽を集めて20年近くになる筆者個人の感覚では、昭和の組織歌は確実に1万曲を超えているものと思われる。

筆者所蔵の組織歌関連書の一部

戦前・戦中の組織歌はピラミッド型

組織歌は大正時代以前にも存在したが、とくに昭和戦前・戦中期に、事変や戦争との関係で大きく発展した。非常時には、国民をひとつに結束しなければならない。そこで様々な組織歌が作られたのである。

このような戦前・戦中期の日本の組織歌は、ピラミッド型だった。

天皇賛歌である「君が代」を筆頭に、全国規模の愛国歌・国民歌、所属集団ごとの社歌・軍歌・県歌・唱歌、より小さな所属集団ごとの工場歌・隊歌・市歌・校歌、さらにより小さな所属集団ごとの同期歌・応援歌・サークル歌……などが段々と階層をなしていた。

上位階層の「愛国行進曲」や「海ゆかば」などは、歌詞を引くまでもなく、明確に国威発揚をめざしていた。

そのいっぽうで、下位階層の小さな組織の歌も、たんにみずからの組織の繁栄だけを歌っただけではなく、「皇国」「興亜」などの歌詞を織り込むことで、ピラミッドの基底部としての役割を果たした。

映画『この世界の片隅に』(2016年)で歌われた広海軍工廠の廠歌(美堂正義作詞、「軍艦行進曲」の譜、1934年)は典型的な工場歌のひとつだが、その1番をみてみよう。

広湾頭の朝日影、津久茂が浜の潮騒に、
力をこむる槌の音、皇御国を守るべく、
至誠奉公一念に、尊き使命尽さばや。

広海軍工廠の仕事が「皇御国」に結び付けられていることがよくわかる。

 

あるいは、大日本雄弁会講談社(現・講談社)の雑誌『現代』の委嘱で作られた「生きよや現代」(北原白秋作詞、山田耕筰作曲、1936年)の2番をみてみよう。

思へよ現代、正せよこの国、
君あり、民あり、稜威(みいつ)と信(まこと)ぞ、
立て立て凛然、皇道日本、
光に被(おほ)はば四海は靡かむ。
   現代、現代、奮へよ現代。

ここでもやはり雑誌『現代』が「君」(天皇)や「皇道日本」などと関連づけられている。