Photo by iStock
近現代史 社会風俗

クリスマスの騒ぎ方でわかる、日本社会の「ある法則」

破壊的に大騒ぎしている時期は…

日本の近現代史を振り返ると、過去に三度、尋常じゃないレベルでクリスマスイブに大騒ぎしていた時期があった。一つは前回(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53870)みたように、昭和初期(戦争に向かう時期)である。では残る二つは? クリスマスの歴史を俯瞰すると、日本社会の「ある法則」が浮かび上がってくる…。

戦前と戦後のつながり

昭和12年、日中戦争の勃発によって封印された「クリスマスに大騒ぎする」という伝統は、地下水脈のように戦争時代と戦争直後の悲惨な時期をやりすごし、昭和23年になって吹き返してくる。

この中断のため、クリスマスの騒ぎは戦後になって始まったとおもってる人が多いが、それは違うとおもう。

政治的には昭和12年と昭和23年が同じだと言われては困るのだろうけれど(困る人がいるのだろうけれど)、ふつうの人はふつうに生きているばかりだから、同じ部分があるのはしかたがない。

昭和12年に 27歳だった人は、戦争を無事やり過ごせたなら(そこがとてつもなく大変だったのだが)昭和23年には38歳で、余裕があったらクリスマスイブには騒ぐだろう。おそらく、11年前と同じように騒ぐはずである。

ジャズとダンスのクリスマス。

そこは昭和12年も昭和23年も同じだった。

私は、同じ騒ぎだとおもう。

ただ「戦前と戦後は断固として違う社会である」と強くおもっている人たちにはスルーされてしまう視点でもある。

ほぼ無法地帯

戦後のクリスマスは、どれぐらい騒いでいたのか。

再開されるのは昭和23年ごろからである。

1948年、昭和23年には「オール・ナイトでインフレ紳士ち淑女方が踊り狂った」と報道されている。(以下、記事の引用は朝日新聞の東京版より)

 

1949年、昭和 24年、クリスマス前の天声人語がやや怒っている。クリスマスが近づいてきたが、ろくなものではないと言っている。

「商業政策のクリスマスであり、デカダンのクリスマスである。キリストの欠席クリスマスであり、酒と色と浪費と背徳の降臨するクリスマス騒ぎである」

前年のクリスマスでは、そういう騒ぎが目に余るものだったのだろう。

この時代のクリスマス騒ぎは、女性のいる飲食店を中心に展開している。

バーやキャバレーやダンスホールである。ダンスホールでは客と踊ってくれる女性ダンサーというか、女給さんというか、ホステスでもいいですが、そういう女性がいた。クリスマスはいつもより割高であり、高いパーティー券を売っており、それがまたよく売れたらしい。前売券を持っていないと当日は入れないということがしばしばあった。

そこで飲んで踊ったあと、街に出て大騒ぎしている。次の店を探して騒いでいるのか、ただ街で暴れているのかわからないが、銀座や新宿は、とにかく大変な騒ぎになっていた。

110番へいたずら電話が頻発し、火事でもないのに火災報知器を次々と鳴らし、あちこちで喧嘩が起こり、店のガラスを割る。カンシャク玉を道道で鳴らす、誰も殺されていないのに「人殺しだ」と叫んでまわる、そういう騒ぎである。

一種のお祭りなのだが、〝型〟がないので、ただの酔っ払いのめちゃくちゃな騒ぎでしかない。騒いでる人たちには解放感があったのだろうが、まわりは大変である。

新生・ブルーバックス誕生!