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「遺伝か環境か」不毛な議論に終止符〜なぜその努力は報われないのか

よくある4つの誤解を解く

遺伝にまつわる4つの誤解

あらゆる能力は遺伝的である。すなわち能力の個人差は遺伝の影響を少なからず(30~60%)受けている。

これは個人的な「主張」とかイデオロジカルな「主義」ではない。行動遺伝学のエビデンスが昔から頑健に示している科学的知見である。

以前の記事で掲載した遺伝率の図表
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科学教の信者は、「科学的」という言葉を聴いただけで納得してしまうものだが、世の中、これと反対の「学力は育て方と努力次第」という主張のほうが圧倒的に多くなされ、そのほうがこれまた圧倒的に希望を与える主張なので、当然反論も多い。

かくいう私も、もともと「能力は環境と努力」主義を科学的に実証しようと思って行動遺伝学にたどり着き、その膨大で一貫した科学的知見を前に、自分の主義や希望を打ち砕かれた口だから、反論したい気持ちはわかる。

科学は宗教と違い、疑って挑むことこそがその本義である。

よくある反論その1。「私の親は学歴が低いのに私は一流大学に入れた(またはその逆に、親は高学歴なのに私はダメ)。だから遺伝は関係ない」、つまり親子でもこんなに違うのだから遺伝じゃないという「とんびが鷹」説である。

よくある反論その2。「何かの環境の変化がきっかけで(または努力のおかげで)、こんなに変われた。だから遺伝は関係ない」ビリギャル説である。

よくある反論その3。「遺伝のことを知ろうが知るまいがやることは同じだ(または遺伝のことを知ってもなんの役にも立たない)。だから遺伝は関係ない」無知主義である。これと似たものに「遺伝と環境は分けられない。よって遺伝だけについて知ることはできない。だから遺伝は関係ない」という不可知論がある。

よくある反論その4。「だれがなんといおうと環境が大事だ。環境の影響が最も大事だと信ずる。だから遺伝は関係ない」環境教の信者である。

これらの挑戦に行動遺伝学はどう反論できるか。

 

「蛙の子は蛙」「とんびが鷹を産む」は遺伝的現象

「科学教」の「経典」は、啓示を受けた教祖や聖者のことばによるものではなく、「エビデンス」とそれを説明する「理論」によって書かれている。

まず「とんびが鷹を産む(親子や血縁者が能力や性格の面で似ていない)ことがいくらでもある、だから遺伝は関係ない」という最もよく耳にする反論は、中学や高校で習うメンデルの遺伝の法則の話の中で学習したはずの「優性の法則」「分離の法則」とその応用で、簡単に覆すことができる。

エンドウ豆の「丸」と「しわ」を掛け合わせると、その子どもはすべて優性である「丸」になる。親の片方とは同じだが、もう片方とは全く似ていない。

優性の法則である。

その「丸」に見えるもの同士を親として掛け合わせると、そのまた子どもには親の表現型と異なる「しわ」が4分の1の確率で現れる。分離の法則である。

高校生物では、さらにニワトリのとさかの形の遺伝様式が紹介されたはずだ。バラ冠どうしを掛け合わせてできた子どもはすべてクルミ冠になる。クルミ冠どうしを掛け合わせるとバラ冠、クルミ冠、マメ冠、単冠に分かれる。

いずれも親とは異なる表現型が生まれる。これらはいずれも複数の遺伝子が重なると両者の性質の足し算ではなく、組み合わせによって異なる効果を生むという「優性」あるいは「エピスタシス」という現象である。

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