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公安警察 インテリジェンス

カネで堕ちた「官邸のスパイ」が公安に追いつめられるまで【初証言】

公安vs.スパイ「諜報全史」第3回
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「彼らから渡されるカネには、中毒性がありました……」。日本の中枢に属する情報組織・内閣情報調査室の元職員が語る驚きの実話。外国スパイに籠絡された当事者から、直接取材した迫真のルポ。北朝鮮や米国・ロシアの元工作員や公安警察への取材を重ねてきた報道記者、作家で『スリーパー 浸透工作員の著者でもある竹内明氏が、普段は私たちの目に見えない日本社会の「水面下」で繰り広げられている諜報戦の実像に迫ります。

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心の奥底に湧いた疑問を封印して…

日本の中枢に属する情報機関に所属しながら、ロシア大使館員から現金を受け取り続けた内閣情報調査室の水谷俊夫(仮名)氏。

そのロシア人たちは当初は、本性をあらわさなかった。だが、転機が訪れる。中国の専門家であるにもかかわらず、水谷が、日本の偵察衛星の運用を行う内閣衛星情報センター、通称「ホシ」に異動になったのだ。

「内閣衛星情報センターには5年ほどいました。衛星から他国を見て、道路事情から建物の動き、軍事基地の動向まで、通常の情報活動では得られない、動きが見えてきます。それによって日本の危機を察知するのが任務です。

でも、これは私の専門ではない。専門性を無視した人事異動に強い不満を持っていました。そんな愚痴をロシア人に漏らしてしまったこともありました」(水谷氏)

すると、工作員たちは水谷の心の隙間につけこんできた。はじめて、機密情報の提供を求められたのだ。

「もっと私を喜ばせる話をしてくれ」

ロシア大使館の参事官リモノフは、水谷にこんなことを言った。もはや対等な関係ではなく、まるで部下にでも言うような、見下した態度だった。

二人で酒を飲んでいるとき、リモノフが居眠りをしてみせたこともあった。ゆらゆらゆれて船を漕いでいる。

<お前の話は退屈だ。もっと秘密を持ってこい――>

リモノフは態度で示していたのだ。

心を蝕むように、巧みに、執拗に続けられる要求。初めこそ、それをかわした水谷だったが、やがてリモノフの圧力に負けた。衛星情報センターに送られてくる中国情勢の分析レポートなどを自ら編集し、ロシア大使館員に提供するようになったのだ。

(ここまでの経緯は現代ビジネス<日本政府の中枢にいた男が「ロシアのスパイ」に身を堕とすまで>http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53693で詳述した)

 

水谷は筆者にこう説明する。

「衛星情報センターの私のパソコンに、JONC(日本海外ニュースセンター)という内調の関連団体が、外国メディアの記事を翻訳して配信してきていました。

私はそれをまとめて、今後の展望、結果のとらえ方の分析を書いて、レポートにして、ロシア人たちに渡していました。あくまでも私が個人的に作成したものですから、問題がないと判断したのです」(水谷氏)

<……このロシア大使館員たちは何者なのか。外交官ではなく、スパイではないのか……>。水谷は心の奥底ではそんな疑問を抱えながらも、逮捕されるまで結論を導き出さないようにしていたようだ。意図的に、思考停止に陥っていたのだろう。

「深刻な感覚は、私の中にはなかったのです。なぜなら、彼らはいつも洗練されていて、紳士でしたから……。

私が彼らの正体を知ったのは逮捕された後のことです。まさか、ロシア軍の情報機関のスパイとは当時は想像すらしませんでした」(水谷氏)

ロシア軍の情報機関。すなわち、ロシア軍参謀本部情報総局、通称GRU――。

これが、水谷と接触していたロシア大使館員、リモノフとベラノフの正体だった。SVR対外諜報庁(旧KGB)と並ぶ、ロシアのスパイ機関だ。

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