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時計は、実は非常識の塊だった

文字盤からして不思議なことだらけ

なぜ0ではなく、12なのか

ビジネスシーンに腕時計は不可欠なので、ビジネスパーソンは、文字盤を飽きるほど見ているだろうが、多くの人はその不可解な事象に気が付いていない。実は文字盤は時計の5000年の歴史に起因する「非常識な事実」で構成されているのだ。

まず、文字盤の頂点は、なぜ0ではなく、12なのだろうか。数の始まりは12ではなく0なので、「数学的にも12から始まるのはおかしい」と、世界の時計メーカーに手紙を送って、「文字盤の頂点を0にせよ」と運動されている日本人の方もおられる。

歴史を振り返ると、人類が初めて「0」を発見したのは7世紀のインドだった。数学で0の概念が発見されたのだが、そのとき時計は既に発明されていた。

時計の発明は紀元前3000~4000年で、はじめは日時計や水時計が使用されていた。その後、11世紀ころに機械式時計が発明されるが、時計の文字盤は修正されることなく、12を頂点に戴いた文字盤がそのまま使用されている。つまり、「文字盤の発明」よりも「0の発見」の方が遅かったのが理由なのだ。

しかし、時計がそのまま「誤りを続けている」のには、それなりの理由もあるようだ。確かに、12を頂点に戴いた文字盤の方が、ビシッと決まり、デザイン的には安定感がある。実際、前述した運動家の方の主張を取り入れて、いくつかの機種を販売してみた海外の時計メーカーもあったが、結果は惨憺たる状況だった。消費者は、「何かしっくり来ない」「時計らしくない」と購入を避けたのではないだろうか。

ただし、0を頂点に置いた時計が使われている分野もある。それはストップウオッチだ。計測を始める時点で「ゼロ」になっていないと、気持ちがすっきりしないからだろう。

時計のローマ数字だけが使う「4」の謎

IIIやVIなどローマ数字文字盤の時計は、なかなかおしゃれで良いものだが、ここにも大きな「誤り」がまかり通っている。ローマ数字の腕時計を使用している人は、4時に注目して欲しい。時計の文字盤のローマ数字は、IVの代わりにIを4つ並べた特殊な文字が使われている。

これは学校で習うローマ数字とも違い、時計以外はどこにも使用されていない。実は、これは14世紀に権威を振りかざしていた「王様のわがまま」の結果だったのだ。

札幌の時計台の文字盤も「IV」ではなく「IIII」が使われている

14世紀のフランスで、国王のシャルルV世が宮廷に塔時計を造るためにドイツから時計職人のヘンリー・ド・ヴィックを招聘した。建設中の時計を見にきたシャルルV世は、4時のところにIVの数字があてはめられているのを見て怒り、「IIII」を使うよう命じた。

シャルルV世は、自分の称号と同じVからIを引くのは、何か自分の治世はすぐに終わってしまうかのようで不吉だと考えたようだ。

 

ローマ数字の書体については少々説明が必要だ。シャルルV世は突然ひらめいて新しい文字を指示したわけではない。もともとローマ数字には、数が大きくなるとIを増やしてゆく加法式と、数字の桁数を抑えるためにVやXなどキーとなる記号を要として数を引いていく減法式があった。古代ローマ時代には専ら加法式が取られていたが、その後加法式を中心に、一部に減法式が組み合わされた表記が主流になる。

シャルルV世が造らせた時計塔は1370年に完成したが、現在この建物はパリのシテ島で、高等法院として現存しているので、実際に見ることができる。興味深いのは、これ以降、時計師たちは文字盤にIVを使わず「IIII」を使用するようになったことだ。

しかし、7世紀近くも前の王様のわがままが、そのまま現代の時計に受け継がれているのにも理由がありそうだ。試しにローマ数字の文字盤の時計を上下逆さまにして置いて見ると、非対称の文字のお陰で違和感があり、間違いに気づく。

さらに、オリジナリティの高い時計専用文字でデザイン的な面白味が出るというメリットもあるので、そのまま世界中で使用されているようだ。

時計の針はなぜ右回りなのか

では、時計の針はどちらの方向へ回るだろうか。右回りを「時計回り」、左回りを「反時計回り」などと言う言葉さえあるくらいで、右に回る。ところが興味深いことに、「右回り」は、工業規格などで決められているわけではなく、単に世界の時計メーカーが慣習を受け継いでいるだけなのだ。

世界では、「モノ」の様式、方式は様々だ。車も右ハンドルと左ハンドル、電圧も100ボルト、200ボルト、240ボルトなどに分かれているので、時計は例外的とも言える。

時計が右回りに落ち着いたのは、人類の歴史から導き出された結論なのだ。人類が初めてつくった時計は、太陽の影の位置で時刻を知る日時計に始まり、欧州では1300年頃に、機械式時計が発明されたが、時計職人は人々に愛用されていた「日時計の右回り」をそのまま受け継いだのだ。

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だが、日時計の影が右に回るのは北半球だけで、オーストラリアやアルゼンチンなど南半球でつくると影は左に回る。では、北半球と南半球の人々がどこかで協議でもしたのだろうか。いや、そのような形跡はない。