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俺がやってるのは「いじめ」じゃなくて愛ある「いじり」…本当に?

あなたも加害者かもしれない

「上司や同僚の『いじり』で、線路に飛び込みそうになる女性たち」という記事を書いて、大きな反響があった。コメントの中に複数、いじめをいじりと言い換えるのはおかしいという意見があった。確かに、起こっていることは「いじめ」と同じくらい辛いものかもしれない。

逆説的だが、だからこそ、タイトルや記事中はやっぱり「いじり」にしてしかるべきだったと思う。なぜなら「俺がやってるのは、いじめじゃなくて、愛あるいじり」と思っている人は「いじめが自殺につながる」というタイトルの記事を読んでくれるだろうか。あなたのその「いじり」と認識しているものこそが人を死へも追いやるのだと声を大にして言いたい。

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問題化する「いじり」

いじりとは何か。大辞泉によると「他人をもてあそんだり、困らせたりすること」。「客いじり」(漫才などの芸で、特定の観客と会話したり、舞台に上げたりして巻き込むこと)という言葉もあり、古くからある言葉ではあるようだ。いじめとは「肉体的、精神的に自分より弱いものを、暴力やいやがらせなどによって苦しめること。特に、昭和60年(1985)ごろから陰湿化した校内暴力をさすことが多い」。

全国紙4紙(朝日・産経・毎日・読売)とNHKニュースを対象に、「いじり」という言葉がタイトルまたは本文にでているニュースを検索すると、「制度いじり」「土いじり」などを除き、からかいとして使われているのはおそらく朝日新聞の2000年04月25日東京夕刊「恋のから騒ぎ “素人いじり”アクセル全開(ばんぐみ探見隊) 」が最初である。この記事では明石家さんまさんがテレビ番組の中で参加者の女性たちに突っ込みをする様子を取り上げている。

その後しばらく関連ニュースがみられないものの、2006年に現役高校3年生である木堂椎さんが書いた小説『りはめより100倍恐ろしい』をきっかけに、「いじり」の問題がたびたび新聞に上がるようになる。タイトル「りはめより」はまさに「いじり」は「いじめ」よりも、を意味している。

この本は軽快なタッチで中学時代にいじられキャラだった主人公が、高校ではいじられないように戦略を練るストーリーを飽きさせない展開で巧妙に描いている。その中で学校集団の閉鎖性や「いじり」特有のしんどさが浮き彫りになる。この木堂氏の秀逸な描写・分析によってか、これ以降、学校のいじめ報道において、たびたび「いじり」という表現が使われるようになる。

 

たとえば2012年9月、兵庫県立高校2年の男子生徒が川西市内の自宅で自殺した事件では、いじめていたとされる同級生が、高校からの聞き取りに対し「いじりと思っている」などと答えたと報じられている(2012.10.17  朝日新聞 大阪地方版/兵庫「川西いじめ「いじり」「ノリでやった」 同級生聞き取り文書開示 /兵庫県」 など)。

この事件では、自殺した生徒が、同級生3人から「ムシ」「汚い」と呼ばれたり、教室のいすの上にガの死骸を置いたりするいじめを受けていたことが学校の調査などで分かったが、同記事では同級生側が「むかつく相手でも嫌いな相手でもなかった。ノリでやったみたいな、楽しいかなみたいな感覚」などと答えていることも記事で言及されている。

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