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東急田園都市線の人身事故が減った「ある理由」

「街エコ」の立場から考察する
安達 誠司 プロフィール

また、そこまでの事態に陥らなくとも、年功序列で、賃金が一定ペースで上昇する「平和な」企業の数も随分と減少している。これは、日本経済がデフレから一向に抜け出せていない中、「デフレは企業の構造問題に起因する」として、雇用の流動化が先行して実現してしまったことも大きく影響しているように思われる。

そんな具合に、多くのサラリーマンが、当初描いていたキャリアパスの実現が厳しくなったのではなかろうか。

こうした経緯もあり、給料が減るくらいであればなんとか我慢できるかもしれないが、早期退職やリストラなどで職を奪われ、収入を確保するメドが立たなくなってしまった状況下で、それなりに高価な物件を住宅ローンで購入してしまった人たちが自ら死を選ぶという悲惨な結末が、つい最近まで繰り返されてきたのはなにも当該沿線だけではない。

いずれにせよ、通勤時間帯の「人身事故」による田園都市線の運行停止には、このような背景があったのではなかろうか。

デフレ観が後退してきている

ところが、振り返ってみると、このところ、田園都市線が「人身事故」によって運転見合わせとなる事態は劇的に減少している(筆者の経験からいうと、ここ数ヵ月は遭遇していない)。

このことは、ちょうど、雇用環境の劇的な改善とも歩調があっているように思われる。賃金の上昇がまだまだ不十分であるとの見方もあるが、GDP統計の雇用者報酬でみると前年比2%程度の上昇、総務省の家計調査における実収入も前年比で平均して2%を上回る上昇となるなど、所得環境もそこそこ改善している。

これは、多くの人にとって、住宅ローンの支払いが途中で立ち行かなくなるリスクが相当程度低下したことを意味しており、もしかするとそれが「人身事故」の減少として現れているのではないだろうか。

 

さらにいえば、筆者は、週末には朝夕それぞれ2時間程度、犬の散歩をしているのだが、その際の印象では、数年前までは目立っていた空き地(高齢化の進展により、持ち家を売却して都内の老人ホームなどに入居する高齢者が増加していたことや、経営不振等で、会社の寮や保養施設を売却する企業が増えていたことがその背景にあると考えられる)がほぼ一戸建ての新築で埋まり、しかも、続々と若い世帯が入居している様子が見て取れる。

日銀の「マイナス金利政策」による住宅ローン金利の低下で、マクロ統計では住宅投資が堅調に推移しているが、筆者にとっては、それを裏付ける「体験」であった。

このように、家計部門では、徐々にではあるが、デフレ観が後退してきていると考えられる。残されたのは、企業部門のデフレ観である。

そこで、話を通勤電車に戻すと、このところの運行見合わせの理由の多くは、設備の故障である。朝から、駅での停電や車両故障が相次いでいる。ついにこれが、全国ニュースになったので、鉄道会社も早急に設備の更新を行う方針を固めたようだ。

つまり、最近顕著なのは、企業の生産・サービス設備の老朽化であり、これはとりもなおさず、長期的に設備投資を怠ったことの「つけ」が回ってきたことを意味する。企業が、自社の事業環境が今後も長期的に悪化していくと考えれば、なるべく設備更新は先送りし、老朽化して使い物にならなくなったものはそのまま廃棄しようとするのは当然であろう。

鉄道の場合は廃棄するわけにはいかないが、実際に車両の更新頻度も落ちているように思う。それが、これ以上設備の更新を怠ると企業自体の評価を落としかねない状況(この例でいえば、高級住宅地としてのブランドイメージを損なうことで不動産開発を含めた事業環境が悪化しかねないリスクが台頭)になりつつあることから、いよいよ新規の設備投資を行わざるを得ない状況になったのだろう。

これも、GDP統計における設備投資の回復と軌を一にしている。ただし、まだ勢いは弱い。