撮影/森 清
ライフ

瀬戸内寂聴×佐藤愛子「死ぬのは怖くないんですか?」

二人が振り返る作家人生

95歳で長篇小説『いのち』を刊行した瀬戸内寂聴さんと、エッセイ『九十歳。何がめでたい』が大好評の佐藤愛子さん(94歳)。デビュー以来、共にペン一本で同時代を生き抜いた二人が語る、「作家という人生」。

男運が悪くてよかった

佐藤 新しい本をお出しになるのね。ゲラで拝見しましたよ。面白かったわ。

瀬戸内 私ももう死ぬから、これだけは書いておこうと思って、この小説(『いのち』)では一番親しくしてきた、河野多惠子さんと大庭みな子さんのことを書きました。いろんなことがあったけど、あの二人はやっぱり天才ですよ。日本の文学史に残る。私はそう思っています。

佐藤 それは残るわね。

瀬戸内 二人は仲が悪かったけど、両方とも男運がいいの。第三者が見たらどうかと思うかもしれないけど、ほんとにいい夫たちなんですよ。

佐藤 そうですよね、でも私はかえって変な人だなと思っちゃうわ。

瀬戸内 愛子さんも私も、男運はあまりよくないわよね(笑)。

佐藤 遠藤周作さんに、きみは男運が悪いんじゃなくて男の運を悪くするんだ、そこのところを間違えないようにと、よく言われたわ。

瀬戸内 私は仲よくなった男をダメにすると言ったら、そうじゃなくて初めからダメな男を好きになるんだって。ハ、ハ、ハ。

大庭さんもすごい人よ。「瀬戸内さんは男の選び方が下手で、男運が悪い。(夫の)利雄のようなのを探しなさい」って言うから、「利雄さんのどこがいいの」と聞いたら、「利雄は喜んで私の奴隷になります」って。

ご主人の利雄さんは今でもお元気で、この間久しぶりで電話したら、ちっとも変わってないの。もう大庭さんが自分の体の中に入っているのね。大庭さんは脳梗塞で倒れて以来、ずっと寝たきりだったけど、亡くなる前にお見舞いに行ったときに、ベッドで半身おこして「私は本当にもう、死にたいのよ。

もう書けないから、生きていてもしようがない。だけど、利雄が私を必要とするから、利雄のためにだけ生きている」と言っていた。

大庭さんは、病気で子宮を取って、おっぱいも一つなくて、女としての機能はなくなったけど、「死ぬまで女でした」って利雄さんが言うの。

 

佐藤 私は男の運を悪くする女でよかったと思っている。そうでなきゃ作家になれてないですからね。

瀬戸内 そうそう、あんな面白いもの書けないものね。私は「小説家になります」なんて宣言して夫の家を出たから、なってみせないと、残してきた子どもに悪いでしょう。だから意地でも小説家になるしかなかった。

なかなか死なせてもらえない

瀬戸内 私、この三年間にいろいろ病気をしたでしょう。ガンとか心臓とか、次から次に悪いところが出てきて、それを全部片づけていったのよ。今年の初めに心臓が悪いと言われたときに、「手術はいやです。年が年だし、もう死んでもいい」とお医者さんに言ったら、「手術しないでもいいけど、死ぬときに痛いですよ」と言うの。

痛いのには弱いから、「それじゃ、します」と言って手術をしてもらった。全身麻酔をかけるから、何ともないのよ。

佐藤 心臓も手術しているの。胆のうも取ったんでしょう。

瀬戸内 うん。

佐藤 強い人ねえ。それだけして、こうしてピンピンしている。

瀬戸内 だから、なかなか死なないのよ。

佐藤 死なせてもらえないのよ。業が深いのよ。

瀬戸内 ハ、ハ、ハ……、よっぽど悪いことをしているから、仏さんが呼んでくれない。 里見弴は九十四歳で亡くなったの。私は晩年に親しくしてもらっていたんですけど、あの方は本妻さんがいたけど、お良さんという芸者さんだった人が大好きで、その人と鎌倉でずっと暮らしていたんですよ。

瀬戸内寂聴

お良さんは若い女中さんに、「私が死んでも、先生を絶対に本妻さんのところに帰すな」と言って、先に死んでいったの。その後、里見先生と最後に長い対談をしたときに、「先生にとって死は何でしょうか」と聞いたら、「死は無だ!」と言下におっしゃった。「あんなに好きだったお良さんと、あの世で会えないんですか」と聞いたら、「会えるもんか。無だ!」とおっしゃった。

そんなものかと思っていたけど、心臓の手術の後、部屋に誰もいなかったときに、心の中で「無だ!」と叫ぶものがあったのよ。心配することはない、無になるんだなと思った。

佐藤 私は無になるとは思えない。死んだら肉体はなくなるけど、魂は永遠に残る。人間というのは魂と肉体の両方で成り立っていて、肉体だけじゃないという考えだから。

瀬戸内 私、いつかあなたに「それでも出家者なの。魂はあるのよ」って怒られたわね。