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医療・健康・食 週刊現代

食べた「おいしさ」を追体験できる、うっとりするような本10選

食文化史研究家の読書の技法

変わることのない永遠の3冊

万葉集』と『伊勢物語』、『一茶俳句集』。私にとってこの3冊が、変わることのないベスト3です。

歌の世界に惹かれたのは、中学生の時に初めて『万葉集』を読んだとき。この中の一首に親しみと懐かしさを覚えましてね。

それが、「春日野に煙立つ見ゆをとめらし春野のうはぎつみて煮らしも」。「うはぎ」とは嫁菜という植物のことで、ある春の日、若い女性たちが野原に行き、嫁菜を摘んで鍋で煮て食べているという情景を詠んだ歌です。

私が生まれ育った村には、「土手食い」という春の行事があったんです。親が子を連れて土手に行き、雑草を摘ませ、味噌をつけて食べさせるというもので、食用にできる植物の目利きの能力を養う目的があります。奈良時代の歌の情景が現代を生きている自分と重なり、新鮮な感動がありました。

私が仕事にしている、古代から今に至る食の研究は民俗学の分野になりますが、歌の世界と根本は同じです。底流にあるのは季節への対応の仕方。昔は日本人の8割が農民でしたが、農作業は自然のカレンダーを脳にインプットし、季節のリズムを生活に取り込むことが肝心です。その助けになり、表現でもあったのが歌だったんです。

『万葉集』は約4500首を収録し、皇室から農民まで、数百人の歌が収められています。驚くのは、あらゆる階層の人々の間に、歌という表現方法が浸透していたこと。自然の変化に対して敏感で、季節感を歌にする、豊かな感性が息づいています。読むと日本人はつくづく「歌心」の民族だと感じ入ります。

『伊勢物語』では、四季を歌い上げる気質が無常観と色濃く結び付きます。

 

「昔、男ありけり」で始まるこの物語の主人公は歌の名手であった在原業平とされていて、彼の華麗な恋愛遍歴が綴られていますが、ただのプレイボーイではありません。よく味わって読むと、業平には「優しき無常観」とも言うべき美質が備わっているのが伝わってきます。

『伊勢物語』の中からは多くの歌が『古今和歌集』にも収録されていますが、その一つが、「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」。この世に桜がなかったら、春の人の心はのどかにいられるのに、という意味で、桜を通し変わりゆく世の無常を見つめています。

他にも、自分を恋慕するある老婆を不憫に思い、彼女が住むあばら屋を訪ね一夜を共にする「つくも髪」のくだりも、どんな人でも老い、死ぬことを知る業平の優しさがにじみ出ています。

小林一茶の食の描写

平安以降は、歌を貴族など特権階級が独占するようになってしまい、個人的には少しつまらない。江戸時代になって俳句が登場し、ようやく庶民にも歌心が復活します。

その中で『万葉集』に最も近い表現力を発揮しているのが、小林一茶です。蛙や雀との遊び方を歌にするなど、自然への愛情があふれ、作風にユーモアもある。「納豆の糸引張て遊びけり」、「おらが世やそこらの草も餅になる」など食の描写も素晴らしい。そして、死生観が感じられる句が良いんです。

「ぽっくりと死が上手な仏哉」なんて、今の時代でも理想の死に方でしょう。死の迎え方を、宗教や西洋の哲学に学ぶ考え方もありますが、私は『万葉集』から続く古典に親しむことで、死の恐怖が和らぐのではと常々考えています。

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