写真提供:dato
エンタメ

「安室奈美恵と歩んだ日々」台湾J-POPライターが綴るラブレター

「告白」を見てようやく納得した

初めて見たのは<Don’t wanna cry>

「わたくし安室奈美恵は、2018年9月16日をもって引退することを決意致しましたので、この場を借りてファンの皆様にご報告させていただきます」 

それは2017年9月20日のことだった。

9月16日に沖縄で開催された25周年のライブから帰ってきたばかりで、安室奈美恵の素晴らしいパフォーマンスにまだ酔いしれていた僕は、その日、退社前にファンクラブからの告知を受け取った。

僕は、フェイスブックのファンページに、安室奈美恵への誕生祝いを書き込んだばかりだった。衝撃のあまり、言葉も出なかった。

安室奈美恵25周年ツアーにて。この4日後に引退の報を聞くとは、夢にも思わなかった 写真提供:dato

突如、安室奈美恵に関するたくさんの思い出が、自分の中で奔流のように押し寄せてきた。この20年間の出来事が、あたかも昨日のことのように思い出された。

僕が初めて安室奈美恵のパフォーマンスを見たのは、1996年のNHK「紅白歌合戦」だった。衛星中継によって、安室奈美恵の唯一無二の魅力を、日本人の観客と同じように感じることができた。彼女が<Don’t wanna cry>を歌っている間、一瞬たりとも目が離せなかった。まだ彼女が歌い終わっていないうちに、僕はすでに口ずさみやすいサビの旋律を覚えてしまい、彼女のファンになった。

安室奈美恵崇拝への道が、ここから始まった。

90年代前後、J-POPは台湾で爆発的な人気を得た。ちょうど小室ファミリーの全盛期であり、僕も他の多くの音楽好きの同級生と同様、彼らを、ひとつひとつ数えられる自分の宝物のように思っていた。globe、華原朋美、TRF……。

 

だけど僕たちが一番好きだったのは、歌えて踊れる、安室奈美恵だった。当時の台湾には、安室奈美恵のような歌手はいなかった。人々をとりこにするルックス、瞳の中には少女の純粋さと独特の個性が光り、小室哲哉によってプロデュースされた斬新な旋律にあわせて、パワフルで美しいダンスのステップを踏んだ。体の底から沸き立つように女王のような気概を立ち上らせ、場を圧倒した。

僕の日本音楽への認識は、安室奈美恵を中心に広がり、深まっていった。