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不倫ブームのはるか前、日本を席巻した「蒸発妻」たちの言い分

離婚できないなら、消えます

それはまだ、不倫が不倫でなかった時代…

私たちは「人の不倫をなじること」に侵されている――。

この実に鋭い指摘は、コピーライターの境治が行ったものである。同記事によれば、2016年1月以降、テレビの報道番組における有名人の不倫報道の割合が急増し、それ以来、私たちは近年では類を見ないほど多くの不倫報道に晒されているのだという。

たしかに、2016年頭の「ゲス不倫」騒動以降、テレビで不倫の話題を聞かない日の方が珍しい気がする。だから、報道番組で、もっと本当に社会にとって必要な話題、たとえば政治の話題などを扱って欲しいという声が上がるのも無理はないだろう。

もっとも皮肉なことに、最近は肝心の政治を行う側の人間もまた、不倫報道の発信源となってしまっているのだけれど。

このように、不倫報道には食傷気味な私たちではあるが、ここは一つ、不倫ブームの歴史を、一歩引いた視点で眺めてみるのはどうだろうか。

 

というのも、マスメディアの不倫報道は、私たちの結婚や人間関係に対する考え方を映す、いわば「時代の鏡」のようなものだからである。よって、かつての不倫報道の流行を振り返ってみて、現在のそれと比較してみると、色々と面白いことが分かってくるのだ。

さて、今回取り上げるのは、ドラマ「金曜日の妻たちへ」によって不倫という言葉が定着するさらに前の時代、まだ不倫が不倫とは呼ばれていなかった1970年代に起こった、一風変わった不倫ブームについてである。

それは当時、こう呼ばれていた――「人妻の蒸発」と。

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「蒸発」が世間を賑わせた

そもそも、「蒸発」という言葉をご存知だろうか。このように問われると、おそらく多くの読者は、理科の授業で習った、液体が気体するあの現象を思い浮かべることだろう。

その一方で、「蒸発」と聞いて、人が突然失踪したり行方不明になったりすることを思い浮かべた読者は、そう多くはないのではないか。おそらく、そのような用法がすぐに思い浮かんだ読者は、筆者よりも年齢が上の世代にあたるのではないかと思う。

というのも、人の失踪や行方不明を「蒸発」と呼ぶ比喩表現は、1960年代から1970年代頃にはマスメディアで盛んに用いられたものの、現在ではほとんど死語になっているからだ。

筆者の知るかぎり、週刊誌の記事で、人の失踪や行方不明が「蒸発」として取り上げられるようになったのは1960年代後半になってからである。

きっかけは、おそらく『人間蒸発』という失踪をテーマにした映画が公開されたことなのだが、それから人々は徐々に、人間の「蒸発」が映画の中だけの話ではなく、実際に起こっている社会問題であることに気付き始める。

当時の記事の見出しを見てみると、「(蒸発の)原因のトップ “動機不明”」や「ミステリアスな蒸発事件」といったフレーズが踊っており、人々が家族の前から文字どおり突然消えてしまうという「蒸発」に対して、人々が驚きや不可解さをもって接していたことが分かるだろう。

では、この「蒸発」に対する報道が、不倫と一体何の関係があるのか。実は、「蒸発」の報道は、その後1970年代になると、意外な展開を見せることになる。

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