「ルーピー鳩山」を支える人が官邸にいない
戦略なき理想論の末路

「昨年8月30日の総選挙の投票日に、有権者の多くが民主党に抱いた期待・希望は失望に変わり、いまや絶望している。さらに怒りさえ覚えるようになっている」

 3月末以来、講演でこう話している。「週刊現代」での元経企庁長官・田中秀征との対談で、田中が語った言葉を下敷きにしているのだが、この連休中に首相・鳩山由紀夫が米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設問題で沖縄を訪問するのを見て、怒りを通り越してあきれ果てている人が増えているのではないか。

 沖縄の米軍基地を減らしたいという理想は良い。ところが、理想を実現するための基本的知識のみならず、戦略・戦術がまるでないことが浮き彫りになったからだ。

徳田虎雄との会談を仕掛けた秘書官

 鳩山が動きだしたのは4月28日、徳之島出身の元衆院議員・徳田虎雄との会談からだった。そもそも徳田と会談したことがまず疑問だ。

 徳田虎雄が1980年代に衆院奄美群島選挙区(定数1)で保岡興治と「保徳戦争」と呼ばれるほど激しい選挙を戦い、選挙違反で逮捕者が続出したこと、徳洲会の病院経営、彼の政治活動などを多少知っていれば、接触することにもっと注意を払っただろう。

 案の定、会談内容は、同席した衆院議員の二男・毅からマスコミに公表された。

 毅は自民党に所属している。毅がマスコミに、あるいは自民党にすべて話してしまうことは容易に想像できたはずだ。徳田が会談を受けた時、「これはトラップ(罠)かもしれない」という懸念を抱かなかったのだろうか。

 この会談の設定は政務担当の首相秘書官・佐野忠克を中心に進められた。佐野は元経済産業省(旧通産省)官僚で、事務次官に次ぐ経済産業審議官にまで上り詰めた。鳩山とは細川内閣で「鳩山官房副長官・佐野首相秘書官」という関係になって深まった。

 佐野は有能だが、経産省内では「交渉相手をただやり込めるだけで偉くなった人。他の省なら決して出世することがなかった」(幹部)といわれている。その人柄は官僚仲間ではよく知られていたので、佐野が首相秘書官に決まった時、霞が関では驚きの声が上がった。

 首相秘書官5人のうち4人は財務、経産、外務、警察庁の4省庁から派遣され、事務秘書官と呼ばれる。佐野が就いた政務担当秘書官は首席秘書官とも呼ばれ、事務秘書官より一段上に位置する。通常、首相の議員秘書が就任し、小泉内閣時代の飯島勲の辣腕ぶりは有名だった。鳩山も当初、秘書の芳賀大輔を就ける意向だった。

 しかし、芳賀が資金管理団体の偽装献金事件に関与していたため、起用が見送られた。

 佐野は鳩山と徳田との会談を他の秘書官はもちろん官房副長官・松井孝治らともほとんど相談しなかった。時期もまずく、住民の反対集会が4月18日に徳之島で開かれた後では、地元を説得しようとしてもできるはずがない。

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