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日馬富士と貴乃花と相撲の世界について、経済学者が率直に思うこと

「改革」「改革」とは言うけれど…
髙橋 洋一 プロフィール

興行として成り立たせるなら…

ところで、興行でいうと、プロレスなどの格闘技ビジネスでは、「ガチンコ」(プロレスでは「シュート」という)でない「ショー的な要素」が入っていることは否定できない。

というのはビジネスとして考えたとき、「ガチンコ」は怪我のリスクが高く、定期的な興行をうつ世界では成り立ちにくいからだ。プロレスファンであれば、1976年のアントニオ猪木対モハメド・アリを筆頭に、一部に例外的な「ガチンコ」はあるが(シュートマッチ、不穏試合、などと呼ばれるそれだ)、その他は「ガチンコ」ではないことはほとんどの人が知っているはずだ。

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なにしろ、ほぼ毎日興行のあるプロレスラーが、毎回毎回「ガチンコ」を行うのは物理的に不可能である。アントニオ猪木対モハメド・アリでは、猪木に足をキックされたアリは血栓症を発症し、その後のボクサー人生を縮めたといわれる。こんな試合を毎日できるはずがない。

 

大相撲も、年6場所で1場所あたり15日間。毎日、とは言わないが、年中行われている。これをすべて「ガチンコ」でやったら怪我人が続出し、大相撲もビジネスとして成り立たないのは容易に推量できる。

そこで「注射」という、「ガチンコ」をやらずに、金銭授受で勝敗を「やりとり」する仕組みが出てくるという(あくまで大相撲の「暴露本」に出てくる話を参照にした話である)。大相撲を純粋なスポーツとしてみれば、これは決して容認できないはずだが、ビジネスとして継続しておこなうものとみれば、互いに大きな怪我をしないで済み、おもしろい「演出」が可能であるので、ある意味で合理的である。

筆者は、もちろん「注射」が本当に存在するのかどうか、その実態を知らないが、ビジネスとして大相撲を捉えるなら、そうした仕組みがないと継続するのは難しいとも思う。

こういう話を「不謹慎だ」という人もいる。相撲は1500年の歴史があり、日本古来の神事や祭りであるので、ビジネスとして見るのは一面過ぎるということだろう。太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技であるから、ビジネスで語るべきではないというその指摘は、もちろんだと思う。

その長い歴史・伝統を否定するわけでないが、実際問題として年6場所計90日間も「ガチンコ」ができるかという、物理的な問題をどうクリアするか、考えるかという点も重要だろう。もし「ガチンコ」を求めるならば、せいぜい年2場所が限界ではなかろうか。実際、明治・大正時代は年2場所だった。年6場所になったのは1958年からだ。

さて、大相撲の「疑惑」は、実はデータ分析からもいわれてきた。有名なのは、7勝7敗で千秋楽を迎えた力士の勝率の高いことだ。これは、一般人も感じていると思う。