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公安警察 インテリジェンス

日本政府の中枢にいた男が「ロシアのスパイ」に身を堕とすまで

公安vs.スパイ「諜報全史」第1回
彼らは、この国の中枢にまで潜り込んでいた……。驚きの実話を、当事者の口から直接取材した迫真のルポ。北朝鮮や米国・ロシアの元工作員や公安警察への取材を重ねてきた報道記者、作家で『スリーパー 浸透工作員の著者でもある竹内明氏が、普段は私たちの目に見えない日本社会の「水面下」で繰り広げられている公安警察と工作員たちの死闘に迫ります。

(竹内氏のこれまでの記事はこちらから

「え、なんですか?」モグラは呆然と言った

師走の日曜日のことだった。

内閣情報調査室国際部の水谷俊夫(仮名)は手にカバンを下げて、待ち合わせの場所に急いでいた。

京急川崎駅前の商業ビル「ダイス」6階のレストランフロアまでエスカレーターで登り、約束の焼肉店に入ろうとしたときだった。

店まで数メートルのところで、男たちが立ちふさがった。

 

「ああ、Sさん……」

行く手を阻んだ男たちの中に、顔見知りがいた。水谷は反射的に彼の名前を呟いた。

次の瞬間、水谷の視界に3冊の警察手帳が飛び込んできた。

警視庁公安部です」三人が警察手帳を眼前に抱えていた。

「え、なんですか?」

「君が待ち合わせた男は来ない。話を聞きたいから一緒に来なさい」

顔見知りのSは、以前、内閣情報調査室に出向してきていた元公安警察官だった。

「公安部外事一課をなめるんじゃない。我々は君を1年間ずっと見ていたんだ。君のことはすべて知っている。全部喋ってもらうからな」

自国の組織内部にいる敵のスパイのことを「モグラ」と呼ぶ。

世界の諜報機関は、敵国に「モグラ」を養成しようと権謀術数を駆使している。また同時に、自国の組織内にいるかもしれない「モグラ」に怯え続けてもきた。

「モグラ」はどの組織にも存在すると言っていいだろう。かつて米国CIAにはオルドリッチ・エイムズがいたし、英国MI6にはキム・フィルビーがいた。いずれも旧ソ連KGBが養成した「モグラ」だった。

ロシア、アメリカ、イギリス、中国、そして北朝鮮……。世界の諜報大国は、対象国での「モグラ」の養成に注力している。政府の中枢に「ペネトレイト」(浸透)して、内部情報を獲得、政策をも動かそうとしているのだ。

日本政府にも常に「モグラ」が息を潜めていることを、我々は肝に命じておかねばならない。だが、あまりにも無防備だ。

これから紹介するのは、GRUロシア軍参謀本部情報総局によって籠絡され、「モグラ」になってしまった男による初めての告白である。

「彼ら」との出会い

「私は私立T大学を卒業後、財団法人の世界政治経済調査会に就職しました。内閣情報調査室に移籍して公務員になったのは40歳の頃です。

大学時代に中国語をやっていて、喋ることができたので、国際部の中国班に配属されて、中国情勢に詳しい有識者の方々から情報や意見を集める仕事をしていました。勉強会やセミナーに顔を出して、人脈を開拓していたのです。

対象はマスコミ関係者、大学の教授、大使館にいる外交官などです」

筆者が本を書くために、水谷にアプローチしたのは数年前のことだ。ある日中友好団体関係者の紹介で食事をした水谷は、物腰低く、穏やかな男だ。

筆者が何かを聞くと、眉尻を下げ、笑顔を浮かべながら、淡々と話した。彼の人生を崩壊させた、あの出来事の真相を明らかにする覚悟を決めているようだった。

水谷が2007年に検挙されるまで勤めていたのは内閣情報調査室。ここは首相官邸直属の情報機関で、内閣総理大臣が政策立案するための国内外の情報収集を行うのが任務である。「日本版CIA」などと呼ぶ人もいる。

水谷が所属する国際部は、中国、朝鮮、ロシアなどと地域別に担当が分かれ、内閣総理大臣に報告するための情報を集めている。水谷は政府中枢の情報マンだったのだ。

水谷が「あの男」と出会ったのは、1996年夏、虎ノ門で開かれた中国関連のセミナーだった。セミナーが終わって水谷が立ち上がったとき、顔見知りのK通信社の外信部記者が声をかけてきた。中国やロシアに精通するベテラン記者だった。

「コーヒーでも飲みに行きましょう。こちら、ロシア大使館のリモノフさんです」