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企業・経営 現代新書

宿泊費がタダになる?「変なホテル」が描く冗談のようなホントの未来

これはもう…「革命」だ!

ハウステンボスにある「変なホテル」では、ロボットが接客や掃除等で多数稼動している。世界初のロボットホテルとしてPR効果がある上に、将来、ロボットを活用することで生産性がどう上がるかの実証実験も進んでいるのだ。

「変なホテル」成功で見えてきた未来について、澤田氏本人が詳しく明かした『変な経営論 澤田秀雄インタビュー』(講談社現代新書)から、澤田氏のインタビューを公開しよう。

インタビュー前編はこちら(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53673

なぜ恐竜だったのか

「変なホテル」の名物といえば、フロントにいる恐竜型ロボットだ。いまや「ああ、あの恐竜のホテルね」と言われるようになった。まさに「変なホテル」の顔である。だが狙って恐竜にしたわけではない。

高い生産性の象徴として、フロントにロボットを立たせることは開業前から決めていた。そこで、さまざまなロボットをテストしたのである。ところが、9割がたは耐久性がなくて使えなかった。数時間もすればモーターが焼き切れてしまう。人間の世話をするべきロボットが、介護を必要とするのでは、話にならない。

結局、もっとも強かったのが、博物館で使われていた恐竜型ロボットだった。人間がフロントにいる必要はないと考える私たちだって、「恐竜はさすがにやりすぎかな……」との思いはあった。おちょくられている気分になるお客様もいらっしゃるのではないかと。ただ、「テーマパークにあるホテルだから、恐竜でも許されるのではないか」という結論になった。

要は、耐久性が最優先だったわけだ(1号店だけにいる人型ロボット「夢子」も、同じメーカーの作った強いロボットである)。

開業から2年がたつが、これらのロボットは一度も壊れたことがない。チェックアウトとチェックインのあいだの4時間は、このロボットを止める。部屋を掃除する時間帯だから、お客様にチェックインされては困るからである。それでも毎日20時間、壊れず働き続けている。人間なら、ここまで元気に働けない。

消去法でホテルの顔に決まった恐竜型ロボットは、逆にホテルのインパクトを強める結果になった。特に子供たちの人気が高いので、その後も使い続けている(1号店・2号店では小型肉食獣ヴェロキラプトルだったが、3号店では大型肉食獣ティラノサウルスにパワーアップさせた。恐竜シフトがより鮮明である)。

 

ただ、1号店はハウステンボスにあり、2号店は東京ディズニーリゾートの近所、3号店はラグーナテンボスにある。いずれもエンターテインメント性が求められる場所だ。大都会のビジネス街に「変なホテル」を出店する場合は、恐竜以外のほうがいいかな、とも考えている。

大切なのは、お客様を飽きさせないことだ。「3号店はティラノサウルスだったけど、7号店は何かな?」とワクワクさせないといけない。「『変なホテル』はよく知ってるから、もう泊まらなくていいや」と思われるのが最悪だ。

「変なホテル」を同じように名乗りながら、すべて違うホテルであっていい。例えばビジネスマンが主な客層なら、1階に診療所やマッサージ店を入れるとか、それぞれ違いを出す。どうすればもっと泊まり心地が良くなるか、どうすればお客様が楽しんでくださるか。それをつねに考える。変化するホテル、進化するホテルというのは、何もテクノロジーに限った話ではないのである。

現時点で4号店以降は大阪市内、東京都内、台北、上海に出す予定で、準備を始めている。その後もベトナム、インドネシア、タイなどアジアを中心に、3~5年で100店まで増やす予定だ。

お客様の問い合わせを減らす

博物館で使われている恐竜型ロボットをフロントに設置し、会話機能をもたせる。では、どの程度の機能が求められるのか? 議論になった。

いずれは人工知能が発達して、学習するロボットが登場するだろう。会話もスムーズになるし、お客様の表情も読み取るようになる。「お客さん、その帽子格好いいですね。どこで買われたのですか?」とか、お客様がニコニコしているのを見て「今日は何かいいことがあったのですか?」なんて言葉を発するようになるはずだ。

恐竜から「格好いいですね」と言われたら、なんとも愉快な気分になる。早くそんな日がやってこないか、心待ちにしている。

とはいえ、現時点の技術では、そこまで求められない。莫大な費用をかけてコンシェルジュロボットを作ったとしても、その能力には限界がある。まず方言やイントネーションの微妙な違いを聞き分けられない。仮に正確に聞き取ったとしても、相手が何を求めているかを正確に理解し、的確な回答のできるロボットは存在しない。

ハウステンボス内で何かが生まれつつある