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なぜ日本は3・11以前の原子力政策に後戻りしているのか

日本が抱える「核」のジレンマ

世界が滅亡する「午前零時」まであと何分かを示す「世界終末時計」が、「2分半前」を指し、63年ぶりの「危機的状況」に陥っていることをご存じだろうか?

米国の巨大な核戦力をもってしても、北朝鮮の核攻撃を「抑止」できない可能性があるいまこそ、私たちは冷静に考えてみる必要があるはずだ。

12月13日刊行の『核兵器と原発――日本が抱える「核」のジレンマ』の著者で、長崎大学核兵器廃絶研究センター長の鈴木達治郎氏が、核問題の「本質」に迫った。

「核兵器のリスク」=「原発のリスク」

2011年3月11日、あの東日本大震災が起きたとき、私は都内某所で国際シンポジウムの司会をしていた。

登壇者はオランダから来た専門家で地震の体験は皆無。見る見るうちに顔が真っ青になる登壇者に向かって「大丈夫ですよ。すぐ止まりますから」と言った私自身が、震えるぐらいの大きな揺れ……。

結局、全員外に避難することになった。そして津波の映像を携帯で知り、当時、日本の原子力政策をリードしてきた原子力委員会(内閣府の審議会の一つ)の一員であった私は、慌ててオフィスに戻ることになった。

その後は、もう語る必要がないだろう。東京電力福島第一原子力発電所の事故が、その後の私の人生と価値観を大きく変えることになった。

 

余儀なく避難させられた方々の生活や人生を守り、汚染された福島地域の復興、そして炉心溶融と爆発という前代未聞の事故を起こした福島第一原発の廃炉措置という途方もないチャレンジ。これらの課題にどう向かったらよいのか。

当時の民主党政権は、おそらく「戦後最大の危機」に立ち向かうことになったのである。そして、何よりも、原子力政策を根本から見直さなければならない。

そういった思いから、当時は原子力委員として、「国民的議論を通じて、原子力政策をゼロから見直す」作業に全力を尽くしたのである。

しかし、6年以上経った今、あの時の危機感を共有している人が、どれだけいるだろう。

はたして、日本は本当に「福島事故の教訓」を学んでいるのだろうか。私の実感は「ノー」である。国民的議論はまったくと言っていいほど行われておらず、「ゼロから見直す」という当時の意欲はもはや影も形もない。

1998年から核兵器と戦争の根絶を目指す科学者集団「パグウォッシュ会議」のメンバーでもあった私は、2014年に縁あって長崎大学核兵器廃絶研究センターに着任し、研究活動の焦点を原子力政策から主に核軍縮・不拡散問題に移した。

しかし、福島事故後の原子力政策については、いまだに関心を抱き、発信を続けている。

「原発のリスク」を一言でいえば、核兵器のリスクにも通じる「非人道的側面」を備えている点に尽きる。

原発のリスクを制御できなければ、核兵器のリスクも制御できない。人類にとって、核のリスクをどう制御するか。まさに今、根本的な見直しが必要であり、原発であれ、核兵器であれ、二度と核の被害者を出してはいけない—―。

これこそが、福島事故を踏まえた私の大きな教訓であり、その後の専門家としての仕事の中心となったのである。