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実録!日本のクリスマスが「女と男のイベント」に変わっていくまで

押し付けに直面した当時の僕は…

私個人のクリスマス風景から

男と女のクリスマスは1983年から大々的に求められ、1987年には定着した。

それが1970年代から80年代にかけての若者向け雑誌を片っ端から見て得た私の結論である。文献による調査だ。

いっぽう現実の1983年ころは若者として、クリスマスが変わっていくさまを実際に見聞していた。

そのへんの私個人周辺のクリスマス風景を、つまり歴史の目撃者としてのクリスマスの変化を少し書き出してみる。

1980年代に「男と女のクリスマス」はしっかり定着するのだけれど、その前から、そういうロマンチックに過ごそうという空気はあった。でも強制はされなかった。そこが違う。

1960年代はクリスマスは子供のものだった。

大学進学率がかなり低かったこの時代、そもそも“若者”というカテゴリーがかなり曖昧だった。

冬の高原のロッジに男女入り混じって集まり、コカコーラを飲みながらクリスマスイブを祝う、というのが私の勝手な60年代若者クリスマスのイメージであるが、それはたぶん加山雄三とその仲間たちしかやっていなかったとおもう。

1970年代に変わっていった。

私が大学に入ったのは1979年だったが、サークルの“クリスマス・コンパ”は12月22日だか23日だかに開かれた(昭和の話だから、当然23日は平日である)。クリスマスイブ当日ではないことを、先輩は「大事な人と過ごす人もいるから」と説明していた。おそらく、その当時すでにカップルで過ごす人たちもいたのだろう(家族と過ごすという意味も入っていたのかもしれない)。

知らないあいだにクリスマスに少し恋愛モードが付き始めていた。

ただ、あまり強制力はなかった。1979年当時つきあっていた彼女から、クリスマスは一緒に過ごさないといけない、という強い圧力をかけられた覚えがない。クリスマスプレゼントの交換はするが、べつだん12月24日夜を彼女のために絶対に開けておかなければいけないという強い力は働いていなかった。

けらえいこさんの発言の真意

少し違ってきたのは1982年である。

この年は私は大学4年生だったのだが、部室で後輩の女子にいきなり何の脈絡もなく「ホリイさん、一年で一番大事な日はクリスマスですよ」と言われたのだ。言ったのは1年の女子。

意味がわからなかった。脈絡がないということをのぞいても、クリスマスが一年で一番大事だとはとうていおもえなかった。「いや、お正月のが大事だろ」と答えた。日本人だし、大人だし、プレゼントだサンタクロースだって言ってる年齢でもないだろう、と信じていたからである。

ちなみにこれを言ったのは、年度の途中から入部してきた螻川内栄子(けらかわうちえいこ)という変わった名前の女子で、長くて面倒なのでみんな「けら」と呼び、卒業後は「けら えいこ」という名前で『あたしンち』などを描く漫画家になった。

最近になってこのときの発言の真意をけらえいこに質したら(発言したことは覚えてなかったが)、彼女は練馬の集合住宅に家族で住んでいて、両親は九州の出身ながらお正月に九州に帰る習慣がなく、練馬で家族だけでだらっと過ごすお正月にいい印象を抱けず、その1週間前のクリスマスのほうが、キラキラするものを飾ったりいろいろとイベントらしかったので、子供のときからずっとお正月よりクリスマスがいいとおもっていた、と説明してくれた。

都市周縁部の新興住宅地では、お正月よりもクリスマスが大事にされる傾向があったようだ。