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国際・外交 週刊現代 歴史

テロリストに悪用されると怖い『クーデターの技術』の中身

悪用されないことを願う…

『クーデターの技術』をどう読むか

ロシア社会主義革命とイタリア・ファシストの権力奪取に共通の技法があることを見抜いた、ユニークなイタリア人政治学者がクルツィオ・マラパルテ(1898~1957年)だ。

マラパルテはムッソリーニのローマ進軍(1922年)にも参加するなど、当初はファシスト党員として活動していた。しかし、やがてムッソリーニやヒトラーに対して批判的な立場を取り、その後、リパリ島への流刑・追放処分を受けている。

その処分の大きなきっかけとなったのが、1931年にパリで出版された本書だ。この本は「反ファシズム」「反共産主義」の書として、イタリア、ドイツ、ソ連などで発禁にされた。

戦前の日本では『近世クーデター史論』(木下半治訳、改造社、1932年)として、国家改造を考える青年将校や右翼思想家に影響を与えた。そして第二次世界大戦後も、本書は生命力を失わずに読み継がれている。

1948年版の序文でマラパルテは、〈私はこの本を憎む。心の底からこの本を憎む。この本は名声、世間が名声と呼ぶくだらぬものを私に与えたが、同時にまた、この本こそ私のあらゆる不幸の原因だったのである。

この本のために、私は何ヶ月もの牢獄生活、何年ものリパリ島流刑、野卑で残忍な警察の迫害を知った。この本のために、私は友人の裏切りを知り、敵の害意を知り、人間のエゴイズムと悪意を知った〉

クーデターの技術』は、「国家権力を防衛するためのマニュアル」としても、「国家権力を奪取するためのマニュアル」としても、読むことが可能だ。

マラパルテは1917年10月のロシア社会主義革命の事例研究を通じてトロツキーから学ぶべきであると強調する。

〈現代のヨーロッパにおいて、各国政府が共産主義の脅威に対し防衛態勢を構築しなければならないとすれば、それは、レーニンの戦略に対するものではなく、トロツキーの戦術に対するものでなければならない。レーニンの戦略は、一九一七年の時点でロシアが置かれていた諸状況を離れては理解することができない。

これに対し、トロツキーの戦術は国内の諸状況に一切左右されない。トロツキーの戦術を実際に適用するに際しては、レーニンの戦略にとって不可欠な諸状況の有無は、まったく影響を及ぼさない。トロツキーの戦術には、そのような特質があるため、ヨーロッパのいかなる国においても、コミュニストによるクーデターが常に危険視されなければならないのである〉

レーニンが「革命にはすべての民衆が蜂起に加わる必要がある」としたのに対し、トロツキーはこう反論する。

〈「なる程。だが、反乱を起こすためには『すべての民衆』は多すぎる。冷静、果敢な蜂起戦術にたけた小部隊があればそれで十分なのだ」〉

国家権力の中枢はどこにあるのか?

マラパルテは、トロツキーの言説を評価し、権力奪取を大衆運動ではなく徹底的に技法の問題として考えた。マラパルテは、すべての民衆が蜂起するのではなく、専門家をピンポイントに配置し、ネットワークを作ることで、簡単に権力を奪うことができると考えたのだ。

政治的状況や経済的状況とは関係なく、トロツキー的な技法を用いれば、クーデターは成功するということだ。その技法の核心は以下の事柄だ。

〈トロツキーはこう語っている。「現代において、国家権力を奪取するためには、専門家を含む秘密攻撃部隊を組織しなければならない。この部隊は、権力機構に精通した蜂起専門家とも言うべき人間の指揮のもとで、武装した分隊より構成される」〉。